イエメンの人道危機:報道されない紛争の背景に

by | 2018年04月26日 | News View, 中東・北アフリカ, 保健・医療, 報道・言論, 法・人権, 紛争・軍事

今日において最も深刻な人道危機に直面している国家はどこかご存じだろうか。多くの人がシリアなど紛争や難民について連日取り上げられている国家を思い浮かべるかもしれない。しかし国連事務総長の発表によると、その国家はイエメンなのだ。

2014年から続く武力紛争が原因である。今イエメンでは、食料・水のパイプラインの壊滅や燃料の枯渇が深刻化しており、現時点で70%以上のイエメン国民が人道支援を必要としている。これはイエメン国内だけの問題ではない。周辺国・利害関係国・国際テロ組織など様々なアクターがこのような状況を作り出しているのだ。

このようにイエメンでは世界最大の人道危機が起こっているにもかかわらず、日本の報道ではほとんど取り上げられていない。そのため、日本でその存在自体を知らない人がいてもおかしくないだろう。今イエメンで何が起こっているのか。なぜ取り上げられないのか。今回の記事でそれらについて詳しく見ていきたい。

UNICEFから供給されたきれいな水を汲むイエメン国民(写真:EU Civil Protection and Humanitarian Aid Operation CC BY-ND 2.0)

世界最大の人道危機に直面するイエメン

イエメンは元々南イエメンと北イエメンが1990年に統一されひとつの国になったが、南北統一後も様々な政治的混乱が起こっている。

以前のGNVの記事で取り上げたように、北アフリカ・中東で巻き起こったアラブの春の一連の出来事の末、長年大統領の座に居座っていたサレハ大統領が失脚した。その後ハディ大統領率いる政府が発足したが、新政権に不満を持ったフーシ派(イスラム教シーア派の一派ザイド派)の武装勢力が首都サナアを制圧した。復職の機会だと思ったサレハ前大統領の勢力がこのフーシ派に加勢した。この混乱に乗じて南部では、アラビア半島のアルカイーダ(AQAP)も政府の影響力が弱まった南部を中心に勢力を拡大している。

南部エデンに逃れた政府側についたサウジアラビアが周辺国などと連合を組み、空爆及び地上軍を投入している。一方、フーシ派勢力をイランが支援しているとされている。ここにさらにアメリカがAQAPへの無人機による襲撃やサウジアラビア連合軍への軍事支援や武器販売などを行い、状況をさらに悪化させている。

このように様々なアクターがそれぞれ政治的目的を持ってイエメン紛争に介入し、その利害関係は極めて複雑なものとなっている。

最近ではこれらの状況に新たな動きが見られ、さらに複雑化・深刻化している。

北部では、協力関係にあったフーシ派とサレハ前大統領勢力だったが、サレハ前大統領がサウジアラビア連合軍への歩み寄りの姿勢を見せると、これにフーシ派が反発して対立が生じ、2017年12月にサレハ前大統領がフーシ派戦闘員に殺害されるという事態が起こった。

一方、政府勢力が逃れた南部エデンでは、南イエメンの再独立を目指す南部独立派が大統領勢力を追い出そうと大統領官邸を包囲するなどし、政府勢力と激しく衝突した。これら一連の騒動により少なくとも36人が死亡、185人が負傷している。南部独立派がアラブ首長国連邦(UAE)から支援を受けているとされている。

また政府を支援するという立場を取るサウジアラビアは、ハディ大統領政府こそ合法であり、それを守るという名目でフーシ派勢力圏への空爆も地上での攻撃も続けているが、サウジアラビアに滞在しているハディ大統領の帰国を止めているとも報告されている。これに対してフーシ派もサウジアラビアの領土やオイルタンカーを標的としてミサイルを発射していたが近年その射程が長くなっており、被害が拡大している。さらにレバノンのシーア派の武装組織であるヒズボラによるフーシ派の支援や、イランのイエメンでの関与が拡大しており紛争が激化している。

国民への人道的被害は空爆等の紛争による死傷にとどまらない。フーシ派に対抗するため、サウジアラビアはイエメンへの陸海空全ての物資輸送路を封鎖している。これにより食料不足が深刻化しており、ここ数十年で最も深刻な大飢饉が発生し、約1800万人が飢餓にさらされている。このまま封鎖が解除されなければ何百万もの人々が命を落とすことになる。これに追い打ちをかけるように、イエメンで大流行しているコレラの感染者は第二次世界大戦後世界最多の100万人に到達し、死者は2000人を超えている。

このように悲惨で混沌としたイエメンの情勢において、国民は過去50年で最悪の人道危機に陥っている。

サウジアラビアの空爆等により深刻な被害を受けた首都サナア(写真:ibrahem Qasim CC BY-SA 2.0)

 

日本におけるイエメン報道量とその内容

ここまで見てきたように、現在のイエメン情勢は極めて悲惨なものである。また国際関係の観点から見ても極めて重大な国際問題である。こうした世界にとって重大な問題は、日本でどれほど取り上げられただろうか。

報道量を計れば、日本でのイエメン情勢に関する報道は極めて少ないことが明らかとなる。読売新聞の東京朝刊・夕刊の中で見出しに「イエメン」の文字が含まれる記事の数は2014年9月から3年分で83件、文字数は37,619文字である。つまり平均すると、1か月につき2.3件1,045文字分しか報道されていない。

この数値は下のグラフから分かるように、イエメンに関する報道をイエメン紛争発生から3年分合計しても、イエメン紛争が始まった2014年に取り上げられた他の紛争に関する国際報道1年分(2014年)の報道量に到底及ばない。連日取り上げられていたウクライナ紛争の1年分に比べて、イエメン紛争の3年分の報道はその10分の1にも満たない。何年にもわたって何百万人もの人々が被害に遭ったイエメンでの人道危機の3年分の報道量は、パリという一都市で一日の間に起こったテロに関する報道(1年分)の半分以下である。

Loading...

Loading…

読売新聞に掲載された少ない報道の中で、イエメン紛争のどのような側面が強調されているのだろうか。

下のグラフから分かるように「紛争・武力衝突」に関する記事がイエメン報道の半分以上を占めている。政治的な動きもある程度着目されているが、その一方で「人道危機」を取り上げた記事は極めて少ない。またその内容はほぼコレラに関するもので、飢え、飢饉、パイプラインの壊滅については記事中でほとんど触れられておらず、サウジアラビア連合による物資輸送路の封鎖に関しては全く取り上げられていなかった。紛争やテロなどセンセーショナルでインパクトの強い部分ばかりを取り上げ、人道的支援を求めている大勢の国民の実情にほとんど焦点が当てられていない。

Loading...

Loading…

記事では様々な紛争当事者が登場しており、その外部アクターの中でもサウジアラビアは83件中17件と最も多く登場していた。しかし、その記事の内容はほぼ全て空爆に関するものであり、輸送路の封鎖など人道的被害を拡大させる最大の原因を作っているサウジアラビアの実態は取り上げられていなかった。

またアメリカは83件中5件(約6%)しか見出しに登場しておらず、アメリカによる空爆やオバマ大統領がサウジアラビアの軍事行動の後方支援を承認したこと(2015年)は取り上げられていたが、サウジアラビアへ武器提供をしていたという事実は一度も取り上げられていなかった。

 

偏った報道の背景には

なぜこのような報道になるのだろうか。

まず、日本の報道の普段からの傾向・趣向を見る必要がある。日本の報道機関はそもそも世界の大半をあまり取り上げていない。GNVの別の記事で取り上げたように、特に貧困国や日本と直接的関係の薄い国での出来事はニュースバリューが小さく、報道の優先度が低くなり、報道されにくい傾向にある。それゆえ、日本とのつながりが薄く貧しい国であるイエメンの出来事は報道されないと考えられる。また取材に入る意思が仮にあったとしても、サウジアラビアやイエメンの政府がジャーナリストの入国を妨げているという事態が起こっている。

サウジアラビアの関与に関するネガティブな側面の報道が少ない理由としては、サウジアラビア側で参戦しているアメリカの影響があると考えられる。日本とアメリカの報道には相関関係があり、アメリカの報道の傾向に類似するという分析結果がある。アメリカはサウジアラビアにとって最大の石油輸出先であり、アメリカはそれに大きく依存している一方で、サウジアラビアもアメリカから武器の提供を受け、それを用いて紛争に参戦している。つまり石油産業と軍需産業における利害関係が非常に強いのである。従って、アメリカはそのような関係にあるサウジアラビアのネガティブな側面をあまり報道せず、互いのイエメン紛争への責任を覆い隠しているのではないか。そのため、アメリカの報道の影響を受ける日本の報道機関は、イエメンの人道危機の原因を作ったサウジアラビアによる輸送路封鎖などをあまり取り上げないとも推測できる。

さらにアメリカ同様、日本も石油の40%をサウジアラビアから輸入しており、日本とサウジアラビアの関係も非常に深い。こうした日本による忖度もサウジアラビアのネガティブな側面の報道が少ない理由の一つとなっているのかもしれない。

トランプと、イエメン攻撃を仕切っているサルマン王子(写真:The White House Public Domain Mark 1.0)

以上のように、日本ではイエメンの情勢、特に人道的被害の報道が極めて少なく、加えてイエメンにおけるサウジアラビアの行動の実態を取り上げる報道も少ない。報道における世界への無関心もあるが、国家間の利害関係も日本の報道に影響を及ぼしていると考えられる。

国際情勢に関して問題意識を持つということは、まずは知ること無しには為し得ない。しかし、日本の報道の現状では世界を広く・深く知ることは難しいだろう。深刻な人道的被害が存在するという世界の現状を、私たちは知らないままでいてよいのであろうか。日本における客観的な国際報道が急務である。

ライター:Yutaro Yamazaki
グラフィック:Hinako Hosokawa

2 Comments

  1. Haw99

    ひどい話ですよね・・
    日本の場合は、政府がサウジアラビアの石油に依存しているのも大きいな問題だが、
    日本の企業と武器メーカーとの関係もあるでしょう。
    例えば日本の大手銀行がアメリカの武器メーカーに融資をしている事実もあります。
    その武器メーカーはクラスター爆弾を製造して、サウジアラビアに売ってきました。
    日本の銀行の融資のおかげでサウジアラビアのクラスター爆弾がイエメンで使われています・・・
    https://mainichi.jp/articles/20170528/k00/00m/040/106000c

    Reply
  2. Concerned

    イエメン紛争の次のラウンドがついに始まってしまいました・・・
    国連などの声を聞かず、サウジアラビアの連合が、ホデイダ港への総攻撃を開始。
    https://www.bbc.com/news/world-middle-east-44463749
    この港からイエメンの食糧の7割が入ってきているとされています。
    ただでさえ人道危機が世界で最悪の状態なのに、これからどうなるのか心配。

    Reply

Trackbacks/Pingbacks

  1. 2022年潜んだ世界の10大ニュース - GNV - […] 2014年から続いてきたイエメン紛争に大きな動きが起こった。2022年4月2日、紛争が8年続いてきたイエメンで、2016年以来初となる、全面的な停戦が発効したのだ。イエメン紛争では、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)による大規模な軍事介入が行われ、ここ数年で世界最悪の人道危機が発生したといわれている。2021年までの死者数は37万7,000人を突破すると推定され、その60%以上は、食料や水、医療サービスの欠乏などによる間接的な原因で亡くなっている。サウジアラビアが陸海空全ての航路を封鎖したことで必要な物資が届かず、国民は食糧危機に直面してきた。避難民は400万人を超え、2022年12月時点で、人口の約4分の3に当たる約2,160万人が人道支援を必要だと推定されている。インフラの未整備や脆弱な医療サービスなどの問題から、2016年から2021年までのコレラ感染者数は累計250万人を超え、世界保健機関(WHO)のコレラ記録開始以来、最大の数字と記録された。当初2ヶ月とされた停戦期間は、2度の更新により、合計6ヶ月に延長された。しかし、6ヶ月後の2022年10月まで停戦の期間延長に向けた交渉は成立せず、紛争当事者の話し合いは今も続いている。停戦期間が終了してから、大規模な戦争は再開していないが、首都などを占領している武装勢力フーシ派によるドローン攻撃が複数回にわたって行われたとの報道も見られる。国連などの組織や各国による、停戦再開に向けた動きにも注目が集まっている。 […]
  2. 武力紛争にみる日本の人道報道を問う - GNV - […] イエメン紛争やコンゴ民主共和国紛争がいかに報道されていないかについては、過去のGNVの調査からも明らかである。例えば、読売新聞を対象にした調査では、クリミア半島をめぐりロシアがウクライナに侵攻した2014年の1年分のウクライナ関連報道は、当時のイエメン紛争に関する3年分の報道の10倍以上もあった。また、毎日新聞を対象にした調査では、イエメンに侵攻したサウジアラビアに関する報道について、2018年のサッカーワールドカップとサウジアラビアを関連付けた報道量が、イエメン介入に関する報道量を上回っていたことが分かった。コンゴ民主共和国に関する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞を対象にした2017年分の調査では、読売新聞では、コンゴ民主共和国に関する報道はイギリス王室に関する報道の半分以下で、朝日新聞と毎日新聞においては、これらに関する報道量には大きな差はなかった。 […]

Submit a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *