GNVでは2015年以降、新聞やテレビ等大手マスメディアを中心に、日本の国際報道を定量的・定性的に分析を行ってきた。今回はGNVが設立以来蓄積してきた、朝日新聞・毎日新聞・読売新聞3社についての10年度分の報道データを対象に、日本の国際報道の長期的・全体的な傾向を見ていく。過去10年間、武力紛争、選挙、感染症の流行など、世界の注目を集めた出来事が多数あった一方で、出来事の重大性に比してそれほど注目されなかったものも多かった。またより大きくとらえると、国や地域、トピックについても報道量に偏りが見られた。それらを含め、この10年間の国際報道にはどのような傾向がみられたのか。長期的な傾向を分析し、日本の国際報道の傾向とその背景を見ていく。
GNVが調査の対象としているのは、朝日新聞・毎日新聞・読売新聞の3社において、2015年~2024年までの朝刊の紙面に掲載されている記事とする。GNVが定める国際報道の基準に当てはまる記事を収集し、記事の文字数、記事に登場する国や地域、記事のトピックについてデータを集めた。これらのすべてのデータはGNV内の特設ページ「報道データ」にまとめて掲載しており、3社について国や地域、カテゴリーをまとめた全データを公開している。

積み上げられている新聞(写真:Radu Razvan / Shutterstock.com)
国際報道の全体量の変化
まずはこの10年間について、国際報道の記事の絶対量の推移を見ていきたい。以下が月次、年次のデータの推移を現した図である。基本的に平均的な文字数は年間300万字~400万字程度で推移しており、記事数は300~600件の間で推移している。全体の傾向としては、2020年から2021年にかけてやや減少し、2022年以降に再度増加したことが見て取れる。読売新聞については2022年以降に全体的な報道数がそれ以前より増加している。朝日新聞と毎日新聞についても2021年~2022年にやや増加した傾向はあったが、2023年以降は元の水準に戻ったことが分かる。より詳しいデータは、GNVの「報道データ」のページに収録している。
2020年の報道量の減少については、新型コロナウイルスの感染拡大が背景にあったと考えられる。国内の感染状況やそれに対する行政の対応に関する報道が増えたことで、国際報道に割かれる文字数が減少したと推測できる。また2022年以降に再度増加している傾向については後の章で言及するが、ロシア・ウクライナの紛争に大きな注目が寄せられたことがひとつの理由と考えられる。
国際報道で扱われる国の偏りと変化
ここでは、過去10年間の国ごとの報道量を見ていきたい。以下の図は各国ごとに国際報道で取り上げられた分量を世界地図上に示したもので、報道量が多いほど色が濃く表示されるようになっている。国別の報道量で見ると、報道される国とされない国には大きな差があり、日本の新聞による報道が一部の国に集中している。その一方で、世界の大半の国や地域はほとんど報道されておらず、日本の報道機関の国際報道がいかに偏っているかが分かる。各社の個別データについては、報道データの特設ページに掲載している。
次に報道量が多い上位10カ国を見ていく。結果は下記図に示している通りである。10年間すべての合計の報道量を見ていくと、報道量が大きい順に、アメリカ、中国、日本(※1)、ロシア、韓国、北朝鮮、ウクライナ、イギリス、フランス、イスラエル、という結果になった。年ごとのデータを見てみても、アメリカが1位、2位が中国という順位は共通していた。3位以下は順位に差異はあるものの、日本の隣国である韓国や、世界的に注目された紛争の当事国であるロシア、ウクライナ、イスラエル、パレスチナなどの国々が続き、3社とも報道で取り上げる国には同様の傾向があるという結果となった。
アメリカ・中国に関する報道量が多いという傾向は、他のメディアや単年度ごとの報道と同じであった。過去のGNVの記事でも取り上げているように、日本の報道機関はアメリカへの関心が極めて強く、10年分のデータを見てもそれが顕著に表れている。中国についても同様に関心が強く、日本やアメリカ、韓国と関連付けて報道されることが多い。このような傾向の背景には、日本の報道機関が自国中心主義的な立場から世界を捉えていることをあげることがでいる。また、日本政府の関係者を情報源として報道を行っており、日本政府が重視している事象を取り上げやすいことも理由として考えられる。
3位以下の国々についても、多少の順位や国の違いはあるが概ね同じ国々が取り上げられていた。まず、韓国、北朝鮮、台湾、香港など日本と地理的に近い国々は上位10カ国に頻出していた。東アジア地域での安全保障情勢が常に注目を集めていることや、日本の隣国で文化的にも日本と近いことから、どの年も多く取りあげられる傾向にあった。また、ドイツ、フランス、イギリスの3か国は、いずれの年も上位10カ国に入っていることが多かった。特にイギリスは、欧州連合(EU)離脱決定の国民投票が行われた2016年に報じられることが多く、フランスやドイツも、政治やビジネスでの関係性の強さから頻繁に取り上げられた。
その他に各年で注目される国も様々であった。2015年~2016年にかけてフランス、シリア、ギリシャがそれぞれ5位、7位、10位にランクインしていた。フランスについては2015年に発生したテロに関する報道、ギリシャについては経済危機が注目された。シリアはバッシャール・ハーフィズ・アル=アサド氏の政権と反政府勢力との紛争が激化したことが、報道量を押し上げた原因と考えられる。また2019年~2020年にかけて香港に関する報道量が大きく増加しており、中国に対する民主化デモが大きく注目されていたことが原因だと考えられる。さらに2021年にはミャンマー、2022年以降はウクライナとロシア、2023年以降にはイスラエルとパレスチナが、それぞれの地域での紛争が始まると極端に報道量が増加する傾向にあった。
特にロシア・ウクライナ紛争の場合はその傾向が顕著で、ウクライナは2021年以前ほとんど報道されなかったが、2022年の前半に限っては全紛争報道の95%を占め、アメリカや中国よりも報道量が多い結果となった。一方で同期間にスーダンやコンゴ民主共和国、イエメンなどの国でも大規模な武力紛争が起きていたが、それらの国々が報じられる割合は極めて少ないことが、GNVの過去の調査で明らかになっている。
各社の個別データについては、報道データの特設ページに掲載している。
国際報道で扱われる地域の変化
つづいて、同様に地域別のランキングも見ていきたい。各新聞社についてランキングの結果は以下の図のようになった。どの年代もトップ3はアジア、北米、ヨーロッパ地域となっており、いずれの年もその3地域のみで全体の約9割を占めている。2015年に関してはヨーロッパがアジアに続いて全体の4分の1を占めるほどであった。この年はフランスでのテロ、ギリシャの経済危機、イギリスのEU 離脱に向けた議論などヨーロッパの政治経済についての話題が多くを占めていた。続いて2016年から2021年にかけては、アメリカが全体の約4分の1を占め、全体の2番となっていた。また2022年だけはロシア・ウクライナ戦争に対する報道によりヨーロッパが1番、アジアが2番、北米が3番となり他の年とは違いが見られた。北米地域についてはほとんどがアメリカに関連する記事であり、カナダやメキシコに関する報道はほとんどない。
この結果を見て顕著に表れるのは、中南米、アフリカ、オセアニア地域への報道量の少なさだ。どの年、どの新聞社を見ても全体の数パーセント程度しかなく、非常に少ない割合であった。アフリカ地域は人口も多く、コンゴ民主共和国やスーダンでは長く大規模な紛争が続いている。サヘル地域でも多数の紛争、テロ事件やクーデター、人道危機が起きており、2024年には世界のテロ犠牲者の半数以上はこの地域で発生していると言われるほどだ。しかしそれらの報道は非常に少なく、前の章で述べたウクライナ・ロシアの紛争や、イスラエル・パレスチナ紛争の報道とは対照的な結果となった。各社の個別データについては、報道データの特設ページに掲載している。
国際報道で扱われるテーマの変化
続いて、過去10年間の国際報道において、取り上げられたトピックの傾向を見ていく。GNVでは国際報道で扱うトピックを、政治、経済、軍事、戦争/紛争、デモ/暴動、テロ、事件、自己、環境/公害、保健医療、社会/生活、科学技術、芸術/文化、スポーツ、教育に分類している。結果は以下の図の通りである。1つめは10年間の合計のデータの割合を示している。10年間の合計については、政治が45%で最も割合が多く、続いて経済、戦争/紛争、軍事、社会生活などが主なトピックとして上がり、その他のトピックの割合は非常に少ないという結果となった。
2つ目の図は、縦軸で報道の文字数、横軸で2015年~2024年までの時間軸を示しており、各カテゴリーの文字数の報道量の推移を表している。例えば、毎日新聞の報道では、2016年はじめに軍事に関する報道の割合が大きく増加している。これは、同年1月に北朝鮮で行われた核実験に関するもので、日本メディアも大きく注目していた。2018年にはアメリカと中国の貿易摩擦に関するニュースにより、経済の割合が増加していることが分かる。
2020年以降は2つのタイミングでこの傾向に変化が見られた。1つは2020年の新型コロナウイルスの流行だ。それまでほとんど報道されなかった保健医療に関する報道が大幅に増加し、政治に続いて2位となった。当時の報道機関における新型コロナウイルスの流行が及ぼした影響と、その話題に対する関心の高さがうかがえる。2つ目は、2022年以降の戦争・紛争に関する記事の大幅な増加だ。2022年に始まったロシア・ウクライナ紛争、2023年から始まったイスラエル・パレスチナ紛争が大きく取りあげられた影響で、以後3年間政治に続いて2番目に多く取りあげられていた。政治の報道が多い傾向は一貫していたが、紛争やウイルスの流行などの話題には、短期間で過熱した報道がなされていたといえる。また各社の個別データについては、報道データの特設ページに掲載している。
国際報道の分析:なぜ「注目される紛争」と「注目されない紛争」が発生するのか?
ここまで10年間の国際報道についての定量的なデータを見てきた。そこから見えてきた過去10年の報道の特徴をいくつか取り上げ、その背景には何があるのか考えていく。
まず紛争報道については、一部の紛争への報道の集中と、報道の一過性が特徴として挙げられる。この10年間様々な紛争が起きた一方で、一部の紛争、特にロシア・ウクライナ紛争と、イスラエル・パレスチナ紛争についての報道量が極端に大きかった。この背景には様々な要因が複雑に絡み合っているが、アメリカやヨーロッパの高所得国との関連性、関心の強さが影響し、報道が集中していると考えられる。
一方でその他の紛争に関する報道は、一時的に集中して報じられるものの、上記で挙げた戦争に比べてその量は極端に少ない。例えばスーダンの紛争について、読売新聞では2023年の紛争発生直後の4月と5月にそれぞれ、14,069文字、2,320文字の報道があった。その後も紛争は継続して続き、深刻な人道的被害が起きているにもかかわらず、その後の月では1,000文字程度かそれ以下の報道量にとどまり、2024年も報道量は変わらなかった。また2014年に始まり現在まで続いているイエメンでの紛争は、アメリカやロシアなどの大国が関与しているにも関わらず、紛争報道で取り上げられることはほとんどない。なぜ紛争や情勢不安の報道において、これほど偏りが生まれるのだろうか。

ウクライナをめぐる国際原子力機関の会議の様子(写真:IAEA Imagebank / Flickr[CC BY
2.0])
1つ考えられるのは、日本や欧米諸国などの高所得国の関心の強さが、報道量を左右するということだ。過去にGNVで、日本の報道機関はアメリカの報道での関心に影響を受けていることを指摘してきたように、欧米諸国をはじめとした高所得国の関心に沿った報道を行いやすい。例えばウクライナ・ロシアの紛争は、ヨーロッパの安全保障に直結する問題であり、アメリカも多額の軍事支援をしていることで関心が高い。イスラエル・パレスチナの紛争についても、アメリカとの政治的な関係から大きく報道されることが多い。
これら高所得国の関心が高い紛争を、日本の報道機関も重要視しているため報道量が増えることが考えられる。また、海外支局の場所も紛争報道に関連する。日本の多くの報道機関は、ヨーロッパやアジア、アメリカには多数の特派員を派遣している一方、それに比べて中南米やアフリカ地域の取材拠点は少ない。支局が少ない地域はそれだけ報道機関の関心が元から低く、取材リソースも十分でないことから、アフリカ地域での紛争は注目されにくいとも考えられる。
国際報道の分析:新型コロナウイルス流行後の報道の集中
前章でも述べたが、2020年に新型コロナウイルスのパンデミックは世界中の政治や経済に大きな影響を及ぼし、国際報道でも大きな注目を集めた。そもそも通常時の国際報道において保健医療関連の報道は全体の1%に満たない程度なのだが、2020年の1年間だけで、保健医療関連の報道は政治に続いて国際報道全体の17.6%を占め、前年の0.3%から50倍以上も増加していた。これほどの規模での感染症流行は確かに異常事態であったといるが、この10年間、その他にも世界に大きな影響をもたらす感染症は発生している。たとえば結核は、低所得国を中心に年間160万人もの人々が犠牲になっていると言われる世界的な感染症であるが、その実態は通常の国際報道ではほとんど取り上げられない。その他にもHIV(ヒト免疫不全ウイルス)やマラリアも世界で多くの人々の命を奪い続けている感染症であるが、ほとんど報道されない。
また新型コロナウイルスの感染者数を見てみると、ブラジルやアルゼンチンなどの中南米や、インドなどのアジア諸国も多くの割合を占めているが、同年の国別の国際報道をみてると、アメリカや中国、ヨーロッパに関する報道が大半を占めており、 より医療設備や治療環境が整っていないことが予想されるグローバルサウス諸国への報道は少ない。なぜ同じ感染症に関する報道でこれほど差が出るのか。

新型コロナウイルスのワクチンを運ぶ容器を報道関係者に披露するUNICEFのスタッフ(写真:UNICEF Ukraine / Wikimedia Commons[CC BY 2.0])
理由の1つはこのウイルスが日本やその他高所得国への直接的な影響が非常に大きかったことだ。結核やマラリアは主にアフリカ地域で感染が広まっている感染症であるが、そもそも日本の報道機関は低所得国への関心が薄いことから、これらの感染症への報道も少なくなると考えられる。またもう1つの理由として挙げられるのは、このウイルスが目新しいもので、その脅威性が未知だったことだ。新型コロナウイルスは2019 年12月に新しく確認された感染症であり、結核やHIVなどの既存の感染症よりも目新しく世間の関心を引きやすいことから、国際報道でも大きな注目を集めたことが考えられる。実際に過去のGNVの調査においても、報道機関は新しい感染症に関心を寄せる傾向があることが指摘されている。
国際報道の分析: なぜ「政治」「経済」「紛争」の報道が多いのか?
最後に、報じられるニュースのテーマの偏りについて、なぜ政治、経済、戦争・紛争に関する話題が多いのかを見ていきたい。2020年以降に新型コロナウイルス流行により「保健医療」が上位に上がっている場合を除いて、すべての年で「政治」「経済」「紛争」が上位に残っており、その割合は全体の約7割を占めるほどだ。その一方で、「環境」「社会」などのテーマは一貫して少ない割合で、全体の数パーセント程度であることが多い。なぜ一部の話題にばかり報道が集中するのだろうか。
ここで考えられるのは、日本での報道がエリート中心のものに偏っていることだ。過去のGNVの調査で、日本の国際報道の多くは国家機関やその関係者を中心に報じていると指摘した。国内報道と同様に国際報道においても、記者は政治家や官僚などの政治関係者に対して取材を行うことが多い。それに伴って、政治や経済といった権力や富が集中する場所や人への報道量が大きくなるのである。また、紛争に関しては、動きが激しいセンセーショナルなものとして取り上げやすく、報道量も多くなりやすい。一方で社会・生活や環境のような、一般大衆や、政府から離れた場所で起きている出来事・問題は、反対に取り上げられにくく、報道量も少ないと考えられる。

記者会見に参加するジャーナリスト(写真:Tsuguliev / Shutterstock.com)
まとめ
ここまで、10年間の国際報道のデータから、日本の国際報道の長期的、マクロなデータを見てきた。10年を通じて変わらない傾向もあれば、年によって変化しやすい特徴もあった。アメリカと中国の2大国はいずれの年でも最も報道されているという点、特にアメリカへの圧倒的な注目度の高さはいずれの年でも一貫していた。反対に低所得国、グローバルサウス諸国の極端な報道量が少なさも、どの年にもみられた傾向であった。一方で、紛争や保健医療など一部の話題についてはその年に起きた出来事・事象によって大きな変化がある部分も見られた。
報道機関とはいえ営利企業として活動している以上、視聴者や読者の関心、スポンサーの意向等様々な要素が関係している以上、世の中で起きている出来事全てを客観的、包括的に、ありのままに報じることは難しい。しかし、世界の出来事が与える影響の内容や大きさではなく、出来事が起きる場所や、影響が及ぶ国・人が重要視する姿勢は、報道機関の在り方として疑問が残る。
我々読者は、メディアを通じて見える世界は常に何らかの形で歪み、偏っているものであるという、ある種の疑いの目をもって情報を取り入れなければならないだろう。目の前の情報を無思考に信じるのではなく、別のメディアから同じ出来事を見つめる、報道された出来事について自分なりの視点で背景を調べる、など高いメディア・リテラシーを持った行動が必要だ。特に国際報道については外国の出来事である以上、我々は何重ものメディアを通じて情報に触れるしかない。しかし、それらは様々な要素に影響された状態で届く情報であることを念頭に入れた上で、情報に向き合うことが求められる。
GNVでは独自のデータベースで国際報道の定量的なデータや、世界情勢(Global View)や報道分析(News View)などのコンテンツを通じ、なるべく世界を客観的、包括的に見れる情報の提供を目指している。また今回、2015年~2024年までの10年分の総合データを公開した。本記事では紹介しきれなかった、各社ごとの詳細なデータを記載しており、2025年以降も新たな形式で国際報道のデータを更新していく予定だ。GNVはこれからも「報道されない世界を伝える」べく、情報発信を行っていく。
※1 GNVが国際報道だと判断した記事の中に日本が含まれている場合にカウントした。例えば、日米関係に関する記事の場合、記事自体は国際報道としてカウントされ、関連国は日本とアメリカとして扱う。
ライター:Takumi Kuriyama
データ:データ入力に携わった歴代のGNVのメンバー
グラフィック:Seita Morimoto、データ班
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