欧州連合(EU)は、その域内においても、また世界全体においても、人権と法の支配の主要な推進者であるかのように自らを描いている。しかし、2023年10月にイスラエル・パレスチナ紛争が激化したことに対するEU加盟国の対応を見ると、そのような描写が本質を欠いていることは明らかだ。
パレスチナのガザ地区を拠点とする武装組織ハマスによるイスラエルへの攻撃で1,139人が死亡したことを受け、EU加盟国はイスラエルとの団結を声高に、そして断固として訴えた。この後のイスラエルによるガザ攻撃により、2024年12月1日現在、45,226人の死亡が確認されている。なお、ガザでの死者の70%近くが女性と子どもである。2024年1月には、国際司法裁判所(ICJ)は、イスラエルがガザでジェノサイド行為を行った可能性が高いと判断している。しかし、ヨーロッパ各国政府のパレスチナとその支持者に対する姿勢は、団結からは程遠いものだった。それどころか、ヨーロッパの多くの政府が、特にパレスチナへの支持を表明する人々の表現と集会の権利を厳しく制限しており、市民社会組織はその制限のレベルを「前例がない」ものとしている。
この記事では、これらの権利がヨーロッパでどのように、そしてなぜ制限されているのかについて探る。

パレスチナを支持するデモの参加者に向かって警棒を振り上げる警官たち。オランダ、アムステルダム(2024年11月)(写真:pmvfoto / Shutterstock.com)
表現と集会の自由
世界人権宣言は、意見及び表現の自由(第19条)、平和的集会と結社の自由(第20条)を保障している。集会の自由には、平和的にデモを行う権利も含まれる。デモを目的とした集会は人権として認められているため、政府はその行為に干渉しない義務があると考えられている。デモがその性質、規模、期間によって社会の他の人々に影響を与える可能性がある場合、事前に当局に通告し、当局が交通整理や警備を行えるようにする必要になる場合がある。しかし、これはデモが当局の承認や許可の対象となることを意味するものではない。
表現と集会の権利は、1953年に発効した欧州人権条約にも明記されている。欧州評議会の全加盟国がこの条約に加盟している。さらに、ヨーロッパ各国政府およびEUは、しばしば世界中でこれらの権利を積極的に推進しようとしている。EUは自らを「人権の強力な擁護者」であり、「ルールに基づく国際秩序の擁護者」と称している。
しかし、こうした権利が必ずしもヨーロッパ内で守られてきたわけではない。例えば、多くの国々では、程度に差があるものの、集会の権利を制限する法律が存在する。人権団体アムネスティ・インターナショナルが2024年に欧州21カ国を対象に実施した調査によると、あらゆる形態の集会について届け出を任意とする制度があるのはアイルランドだけである。それ以外の国はすべて、特定の形態のデモについて届け出を義務付ける法律を制定している。ベルギー、ルクセンブルク、スウェーデン、スイスの全部または一部では、特定のデモには許可が必要であり、実際には当局が許可を拒否する権限を持っている。

欧州人権裁判所法廷室(写真:Djtm / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
反ユダヤ主義の問題
数十年にわたるイスラエルとパレスチナの紛争は、ヨーロッパにおける表現と集会の自由に大きな影響を与えてきた。この紛争の関連で反ユダヤ主義がヨーロッパで問題となってきたが、反ユダヤ主義の定義や解釈がこれらの権利の制限を促す場合がある。反ユダヤ主義は歴史的に、ヨーロッパにおける差別のきわめて暴力的な形態として現れてきた。とりわけ、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコーストでは、民族的・宗教的アイデンティティを理由に数百万人のユダヤ人が殺害された。
しかし、ヨーロッパにおける反ユダヤ主義の定義が批判にさらされている。2005年、EUの人種差別・外国人排斥監視センター(EUMC)は、反ユダヤ主義の「作業定義」を非公式に採択した。この定義には、ユダヤ人だけでなく、イスラエル国家への誹謗中傷も反ユダヤ主義の例として含まれている。EUMCは2007年に欧州連合基本権機関(FRA)に取って代わられ、2013年にはそのウェブサイトから作業定義を削除した。
2016年以降、EUの25カ国が国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)の作業定義を採用している。しかし、この定義に示された反ユダヤ主義の例には、イスラエル国家に対する批判の一部が反ユダヤ主義であることを示唆するものもあり、この定義も強く批判されている(※1)。
反ユダヤ主義とイスラエル批判の混同は、ヨーロッパにおける表現と集会の自由に影響を及ぼしている。例えば、人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、ドイツのベルリンでは2022年、予定されていたパレスチナを支持するデモが一方的に禁止された。その理由のひとつとして、以前のデモで「イスラエルの生存権」を否定する言論が行われていたことが挙げられた。これを根拠にベルリンの警察は「扇動的で反ユダヤ的な発言」が行われる危険性があったと判断した。禁止令にもかかわらずデモを行った人もおり、「パレスチナ解放」を叫んたために逮捕された女性を含め、数人のデモ参加者が逮捕された。

イスラエル関連企業に対するボイコット、投資撤収、制裁(BDS)を求めるデモ、ドイツ(写真:Montecruz Foto / Flickr [CC BY-SA 2.0])
反ユダヤ主義の広範な解釈は、ボイコット、投資撤収、制裁(BDS)運動にも影響を与えている。2005年に始まったBDS運動は、イスラエルによるパレスチナ自治区の占領やイスラエル国内でのパレスチナ人差別に加担している企業や団体に経済的圧力をかけることを推進している。BDS運動はパレスチナの市民社会組織の連合によって始められたが、現在では大規模な世界的運動となっている。しかしヨーロッパの多くの国々は、このような運動を制限する行動をとっており、オーストリア、チェコ、ドイツは2019年、BDSを反ユダヤ主義とみなす法律を可決した。
オンライン上で制限される表現の自由
BDS運動はデモの他にインターネット上でも大きく展開されてきた。これに対し、諜報機関モサドを含むイスラエル政府機関は、この運動を妨害するために動いてきた。イスラエル政府が一部資金と職員を投じた影響工作の結果、2017年から2022年にかけて、スマートフォン・アプリ(Act.IL)を通じてオンライン上でBDS運動に対抗する「トロール軍団」(※2)が組織された。この団体はイギリスにも事務所を構えたと思われる。
これはヨーロッパに限ったことではないが、SNSプラットフォームもまた、パレスチナに関する言論の自由を制限する上で大きな役割を果たしてきた。前述したイスラエルの影響工作は、SNS上のパレスチナを支持する投稿に対する大量通報キャンペーンを行い、削除させることに関与していると考えられている。 また、イスラエル政府が定期的にSNSプラットフォームに直接接触し、暴力を扇動していると主張する特定のコンテンツを削除するよう要請している。イスラエル政府が2016年に発表したところによると、フェイスブックはそうした要請の95%に応じ、グーグル(ユーチューブの所有者)は80%に応じたという。
しかし、SNSプラットフォームによって削除されたオンライン投稿の多くが、暴力を扇動するものではなく、アーティストや活動家、さらには大手報道機関によるものなど、平和的な団結や抗議の表現であったことは明らかである。また、イスラエル・パレスチナに関連する特定のキーワードを含むだけで、投稿が自動的に削除されることもあるとされる。学術界も影響を受けている。例えば2021年、ビデオ会議ソフトを提供するズームはフェイスブックやユーチューブとともに、パレスチナにおける言論の自由に関するオンライン学術イベントをブロックした。

イスラエルの空爆と侵攻で壊滅的な被害を受けているガザ地区(2024年3月)(写真:ImageBank4u / Shutterstock.com)
ガザ紛争の激化とヨーロッパの反応
イスラエルとパレスチナの紛争は、1948年のイスラエル建国以来、特にパレスチナを構成するガザとヨルダン川西岸が1967年にイスラエルに占領されて以来、継続している。2007年以降ガザを統治してきたハマスがイスラエルに大量のロケット弾を撃ち込み、イスラエルはガザに対して空爆や侵攻を行ってきた。しかし、紛争が最もエスカレートしたのは2023年10月以降である。ハマスがイスラエルへの武力侵攻を行い、イスラエルはこれに対し、大規模な空爆と、ガザへの侵攻を開始した。
この紛争の激化により、ヨーロッパでは反ユダヤ主義やイスラム恐怖症の報告が増加した。同時に、ヨーロッパ各地では表現や集会の権利に対する規制が強化され始めた。
例えば、イスラエルがガザ空爆を開始すると、多くのヨーロッパ諸国でパレスチナを支持する抗議デモが計画・開催されたが、フランス、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スイスでは、これらのデモを禁止または制限する措置がすぐに取られた(※3)。これらの抗議デモは通常、違法行為があったから禁止されたのではなく、「公序良俗」や「治安」の維持といった曖昧な理由による一方的な禁止だった。紛争が始まって半年後、パレスチナを支持する抗議デモの禁止が、ブルガリア、チェコ、エストニア、フィンランド、イタリア、ラトビア、スウェーデンの7カ国でも報告された。
さらに、パレスチナに関連するシンボル、すなわちパレスチナ国旗とパレスチナ伝統のスカーフ(「ケフィエ」)の使用禁止が、ドイツ、イタリア、スペインで報告されている。イギリスでは、パレスチナ国旗を振ることが「人の嫌がらせ、警戒、苦痛」を与えるような方法で使用された場合、刑事犯罪になる可能性があると政府が警告している。

パレスチナを支持するデモの参加者を逮捕し、口をふさぐ警官たち。オランダ、アムステルダム(2024年11月)(写真:pmvfoto / Shutterstock.com)
このような規制にもかかわらず、ヨーロッパ各地で多くの抗議デモが行われた。これらの抗議デモのいくつかは解散させられたが、その際、警察による過剰でいわれのない暴力行使が数多く報告されている。解散させられたドイツやオランダの大学キャンパスで起こったデモがその事例である。
イスラエル・パレスチナ紛争の激化を受けて、ヨーロッパでも何人かのジャーナリストが逮捕されている。最も顕著なのはイギリスで、少なくとも3人のジャーナリストがテロ関連容疑で逮捕されている。2000年に制定されたイギリスのテロリズム法では、テロ組織として認定された組織を「支持する意見や信念を表明」が犯罪化されている。ハマスの政治部門は2021年以降、イギリスでテロ組織とみなされている。これらのジャーナリストが実際にどのような犯罪を犯したのかは不明であり、今回の逮捕は様々なな団体から強く批判されている。例えば、イギリスの全国ジャーナリスト組合は、このような逮捕を「反テロ法の悪用」と呼んでいる。
SNSへの規制強化
前述したように、いくつかの調査では、SNSプラットフォームによってパレスチナを支持する大量のコンテンツが長期にわたって抑圧されてきたことが明らかになっている。そして、2023年にイスラエル・パレスチナ紛争が激化したことで、こうした規制はさらに厳しくなっているようだ。
例えば、ヒューマン・ライツ・ウォッチによる調査では、2023年10月から11月にかけて、インスタグラムとフェイスブックでパレスチナに関連するコンテンツの「不当な削除やその他の抑圧」が1,000件以上行われた。これらのプラットフォームは、自動化した方法で広範で曖昧な用語に過度に依存し、大規模にコンテンツを削除していることがわかった。紛争激化から1年後の2024年10月、複数の人権団体などはこの「デジタル検閲」にほとんど改善がなかったと主張し、フェイスブック、インスタグラム、ティックトック、X、ユーチューブでの検閲の規模について警鐘を鳴らした。

ベルギ、ブルッセルのデモでパレスチナ国旗の代わりにスイカが描かれた旗の様子(2023年10月)(写真:M0tty / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
このような検閲を回避するために、多くのSNSユーザーは、投稿に使う言葉や絵文字さえも調整している。例えば、パレスチナ国旗の絵文字を含むSNSへの投稿がしばしば削除されることに気づいた多くのユーザーは、国旗の絵文字をスイカの輪切りの絵文字に置き換えている。赤、緑、白、黒の色がパレスチナ国旗の色と一致することから選ばれたスイカは、国旗の掲揚が禁止されている場所で国旗の代わりに長年使用されてきた経緯がある。
このような規制強化の背景には、SNSプラットフォームによる単独行動の側面がある。例えば、2024年には、フェイスブックとインスタグラムの親会社メタで勤務する元イスラエル政府高官が、パレスチナを支持する団体によるインスタグラムの投稿を削除するよう同プラットフォーム内で働きかけたことが明らかにされている。また、北大西洋条約機構(NATO)の元高官がフェイスブックやティックトックなどのSNSプラットフォームで雇用されており、コンテンツを制限できる立場にあることにも確認されている。
しかし、SNSプラットフォームもまた、各国政府から直接的にも圧力を受けている。前述したように、イスラエル政府は大量の投稿やアカウントの削除をSNSプラットフォームに依頼しており、プラットフォームはその大半に応じているようだ。ヨーロッパ内からも圧力がかかっている。ヨーロッパ各国政府は特に積極的に、自分たちが有害だと考えるコンテンツの削除や規制をプラットフォームに求めている。
例えば、2023年にイスラエル・パレスチナ紛争が激化したことを受けて、欧州委員会は主要なSNSプラットフォームに書簡を送り、「EU域内の違法コンテンツに関する通知」を受けた際には適時に対応するよう要請した。また、EUのデジタル・サービス法(DSA)を「厳格に遵守」する必要性も強調した。DSAは2023年8月に施行された法律で、SNSプラットフォームや検索エンジン企業に対し、違法コンテンツだけでなく、場合によっては「合法だが有害な」コンテンツも検閲するよう強制することを目的としている。この法律を遵守していないと判断された企業には、厳しい罰金が科される。

NATOの事務総長(右)と協議する欧州委員会のティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)(左)。ブルトン氏の任期中、SNSプラットフォームに自己規制を要請する姿勢が目立った(写真:NATO / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
各国でも対策がとられている。例えば、デンマークでは、テロリズム・コンテンツ・オンライン(TCO)規制のもと、オンライン上のコンテンツの削除命令には裁判所による審査が必要とされている。しかし2024年、議会は反ユダヤ主義に対抗するためという理由で、この要件を撤廃することで合意した 。
抑制の背景
ヨーロッパにおけるパレスチナに関する表現と集会の自由の抑制は、ヨーロッパ諸国の政府が選択した政治的立場と関連づけることができる。しかし、ヨーロッパ各国政府は決してこの問題で一致しているわけではない。例えば、ドイツやハンガリーの政府は、イスラエルの強固な支持者として自らを位置づけている。一方、ノルウェー、スペイン、アイルランドのような政府は、パレスチナの人々に同情的な傾向がある。しかし、政府の立場は流動的で、その時の政権、あるいは紛争地域やその周辺での出来事によって変化することもある。
ヨーロッパ諸国の立場は、パレスチナの国家化に対するスタンスにも表れている。2024年11月現在、146カ国(国連加盟国の75%)がパレスチナを国家として承認している。そんな中、ヨーロッパは、大多数の国がパレスチナを承認していない、世界でも数少ない地域の一つとして際立っている。2024年前半には、ノルウェー、アイルランド、スペイン、スロベニアがパレスチナ国家を承認すると発表したことで、この状況は多少変化した。しかし、ヨーロッパ諸国の大半はまだ認めていない。

2024年11月現在。アルジャジーラの地図データを元に作成。
一部のヨーロッパ諸国は、国際法を破ってまでイスラエルを支持しようとしている。例えば、ドイツはヨーロッパの中で、イスラエルへの最大の武器供給国として際立っており、2023年には前年の輸出を10倍に増やし、その増加の大部分は10月のエスカレーション後に見られた。ドイツは武器貿易条約の締約国である。武器貿易条約では、戦争犯罪を犯すために使用される重大なリスクがある場合、その国への武器の譲渡は禁止されている。この紛争におけるイスラエルの行動を鑑みれば、ドイツの武器提供はこの条約に違反する可能性が非常に高い。
さらに、国際刑事裁判所(ICC)は2024年11月、イスラエルの首相と前国防相、それにハマスの幹部数名に対し、人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行した。すべてのEU加盟国はICCの加盟国であるため、ICCの逮捕状が発行された者を逮捕する義務がある。ここで、ハンガリー政府がイスラエル政府高官の逮捕状を尊重しないと発表したことは注目に値する。同様に、フランス外務省はイスラエル政府高官には逮捕免責があると根拠なく示唆している。
ヨーロッパ諸国がイスラエルを支持し続ける理由は、複雑多岐にわたる。ひとつの要因として挙げられるのは、強力な政治的つながりと資金力を持つイスラエル・ロビーだ。これらの団体はEUや各国の政策決定に影響を与えるために活動している。また、極右政党や運動による影響も指摘されている。ヨーロッパにおけるイスラム教徒の移民や影響力に反対し、イスラムと敵対するイスラエルを自身の協力者とみなしているようだ。その他の要因としては、ホロコーストに関連する罪の意識(特にドイツ)やアメリカへの忠誠を示すための行動(特にイギリス)が挙げられる。
まとめ
イスラエル・パレスチナ紛争で罪のない犠牲者が増え続けている。一方で、紛争当事者が人道に対する罪や戦争犯罪に問われ、国際司法裁判所でジェノサイドが行われていることがほのめかされている。ヨーロッパの多くの国は、「人権」や「法の支配」の重要性を掲げながらも、イスラエルに団結し、その壊滅的な軍事行動に支持を表明してきたという大きな矛盾を抱えている。これらの国々がこの矛盾を抱えきれず、ついに、方向転換をし始めているという見解がある。この方向転換とともに、ヨーロッパ域内で抑制されてきた人々の表現と集会の権利に関しても見直される日は来るのだろうか。
※1 例えば、「イスラエル国家の存在は人種差別的な試みであると主張することによって、ユダヤ人の自決権を否定すること」や、「他の民主主義国家には期待も要求もされない行動をユダヤ人に要求することによって、二重基準を適用すること」などがその例である。
※2 インターネット上で他者を批判したり、扇動したり、偽情報を広めたりする集団。
※3 これらの禁止のいくつかは、後に裁判所の判決によって覆された。
ライター:Virgil Hawkins
グラフィック:Ayane Ishida
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