2023年8月20日。中米に位置するグアテマラでは、汚職政治の撲滅を掲げるセサル・ベルナルド・アレバロ・デ・レオン新大統領(以下アレバロ氏)が選出された。小規模の政党から出馬した彼は、事前の世論調査では支持者が少ないと思われていたため、意外な結果となった。汚職政治に対する不満が彼の支持につながったようだ。しかし、選挙で勝利したにも関わらず彼の就任を妨げようとしたり、大統領に就任した後もアレバロ氏を大統領の座から降ろそうとしたりしている勢力があるとされている。こういった勢力の中心にいるとされているのが、マリア・コンスエロ・ポラス・アルゲタ検事総長(以下ポラス氏)だ。
本記事では、グアテマラの歴史を振り返りながら、アレバロ氏の改革と、それに反対する勢力について探っていく。

アレバロ大統領の就任式の様子(写真:Gobierno de Guatemala / Flickr [Public domain])
グアテマラの樹立
現在のグアテマラの状況を見る前に、グアテマラの歴史について見ていく。現在のグアテマラでは、紀元前2000年ごろからマヤ人が暮らし、マヤ文明が発展していた。気候変動や人口増加などが原因でマヤ文明の都市が衰退したとされている。それでもマヤ人の王国は存在し、その中で最も影響力があったのがグアテマラ高地に興ったキチェ王国である。同王国は1524年にスペインに滅ぼされるまでこの地域で強い影響力を持っていたが、スペインの勢力は、キチェ王国と対立していた他のマヤ人の王国と協力し、キチェ王国を滅ぼした。他にも小さなマヤ人の王国があったが、それらも滅ぼされた。また、マヤ人以外にも、グアテマラ周辺にはシンカ人などが住んでおり、植民地支配が始まるまではマヤ人同様独自の文化の中で生活していた。
1542年には、スペインがグアテマラ総督府を設置し、植民地支配が始まり、多くの入植者が流入した。彼らはエンコミエンダ制を敷いた。これはスペインの植民地政策で、現地の人が所有していた土地を奪い、プランテーション農場での奴隷労働をさせ、さらに彼らをキリスト教に改宗させ、キリスト教の教育を行うものである。17世紀になるとこのような奴隷労働は減少していったが、その後も格差は残った。グアテマラは1839年に完全に独立したが、マヤ人の地位は改善されず、政府の中心となったのは入植者たちの子孫だった。
また、独立によって欧米諸国の干渉がなくなったわけではなかった。欧米諸国は帝国主義政策を進めており、中南米にはアメリカ、スペインなどが軍事的、経済的に介入していた。そんな中、アメリカは中南米でのヨーロッパ諸国の影響力を無くそうとしていた。1898年に起こった米西戦争の結果、スペインはアメリカ大陸から撤退し、アメリカ企業は中南米に進出することとなる。
その中でも大きな影響力を持っていたのが、ユナイテッド・フルーツ・カンパニー(以下UFC)だ。UFCはバナナのプランテーションを行い、グアテマラをはじめとする中南米の国で経済的な搾取を行った。アメリカ政府から経済的、政治的な支援を受けていたUFCは現地政府よりも強い力を持ち、UFCに有利になるような政策を取らせていたことから、グアテマラは「バナナ共和国」とも呼ばれていた。
UFCは、広大な土地や労働力の搾取以外にも、バナナの貿易に関わるグアテマラ国内の郵便サービスや、鉄道の敷設・管理も依頼されることになった。また、1930年代には、グアテマラ政府がマヤ人に対して税金の支払いを免除する代わりにプランテーションで働かせ、さらに労働組合の結成を禁止する政策がとられた。これにより、UFCが人件費を削減しようと労働者の待遇を下げても、彼らは賃上げや労働環境の改善を雇用主に訴えることができなかった。
革命とクーデター
このような外資系企業への優遇と強権的な政治に反発した人々が1944年にグアテマラ革命が起こし、選挙で選ばれたファン・ホセ・アレバロ・ベルメホ氏が大統領に就任した。彼は新たな憲法を制定し、労働組合の結成を再び合法化し、社会保障制度を充実させた。後継のハコボ・アルベンス・グスマン大統領(以下アルベンス氏)は土地改革を重点的に行った。グアテマラの土地は肥沃であるにも関わらず、当時は2%の地主が72%の耕作地を管理していた。農民が土地を所有していない状況を改善するため新しく制定された土地改革法では、国内の広大な有休地を農民に再分配することが定められた。
しかし、この法律により、政府はUFCを敵に回すこととなる。UFCが所持していた膨大な土地も再分配の対象となっただめだ。土地を没収する際の補償金をめぐりUFCと政府の間で対立があったことから、UFCはアメリカの中央情報局(CIA)に支援を依頼する。CIAはアルベンス氏をクーデターで引き下ろし辞任させる作戦を許可し、グアテマラのカルロス・カスティージョ・アルマス大佐に実行させた。彼の反乱軍はCIAから訓練や資金援助といった補助を受け、クーデターを成功させ自ら大統領となった。

UFCがバナナの輸送に使用していた貨物船(写真:Detroit Publishing Co., Library of Congress / Picryl [Public domain])
彼の政権はアメリカから支援を受け、労働組合を再び違法化し、農民に分配された土地を元の所有者に返し、読み書きができない人の選挙権を剥奪した。このようにしてグアテマラの民主的な政治は終わりを迎えた。1944年のグアテマラ革命から1954年のクーデターまでの10年間は、「10年間の春」とも呼ばれる。
武力紛争へ
カスティージョ政権やその後の政権に反発した左翼の軍将校のグループは、1960年にクーデターを試みた。しかしクーデターは失敗に終わり、これをきっかけにグアテマラでは36年にわたる紛争が起こることとなる。キューバのフィデル・カストロ氏の支援を受けた左翼ゲリラ集団も結成され、この紛争は右翼と左翼の両者の対立がその主な軸となった。政府は、ゲリラ集団だけでなく左翼の一般市民も逮捕あるいは殺害したとされている一方で、左翼のゲリラ集団は国内やアメリカの政府高官を暗殺したとされている。
1970年になると、軍による民間人の統制が強くなり、政府は左翼の一般市民だけでなく、左派・右派に関わらず政権に声をあげる人は虐殺したとされている。彼らの中には先住民も多く含まれていた。先住民は貧困層にあたる人が多く、平等を求める共産主義の理想に惹かれやすい人々だと見なされ、政府が虐殺したとされている。一方で、左翼ゲリラは農村の貧困層やマヤ人との関わりを強めた。
しかし、政府による虐殺が最も残酷だったのは、1980年代前半だった。マヤ人が虐殺の主な標的だったとされている。実際、1982年から1983年の間に440以上のマヤ人の村が破壊され、虐殺では子どもが標的になることが多く、被害者が亡くなる前には拷問、女性にはレイプが頻繁に行われたという調査もある。

紛争の時代の遺体が発掘された様子(写真:Trocaire, CAFCA archive / Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
アメリカは反共産主義政策の一環でグアテマラ政府を支援していたが、冷戦が終結したことで和平へと進む。1994年には、政府と反政府勢力との間で和平交渉がなされ、1996年には新たに選出された大統領のもとで和平協定が調印された。これをもって、36年続いた紛争は終了することとなる。
根強く残る腐敗問題
和平協定に基づき、政府は停戦やゲリラの武装解除に加えて、軍の改革、文民による警察の創設、マヤ人を含む先住民の人権強化や行政・司法の改革などを実行したが、治安や汚職の問題は残り続けた。この背景には、長年の戦争の爪痕もあるが、麻薬貿易が密接に関わっている。中米に位置するグアテマラは、南米で生産された麻薬(主にコカイン)が北米に渡るルートの中継地点になっているのだ。麻薬密売組織は、密売活動を阻止せずに、あるいは密かに協力するような政府と密接な関係を結んでいると指摘されている。
こういった状況を改善するために、2006年には、国連との協力の元汚職事件の捜査を支援し、犯罪組織の解体を目指す「グアテマラ無処罰問題国際対策委員会(以下CICIG)」が設立された。この組織は検察権を持たず、あくまでグアテマラの既存の検察の捜査に協力するという形で、何百人もの政府高官や警察官といったエリートの逮捕や、犯罪率の低下に貢献したとされている。
しかし、2016年から就任していたジミー・モラレス大統領の頃に状況が変化する。モラレス氏が選挙資金の不正を疑われたり、彼の息子と兄がマネーロンダリングの疑いで逮捕されたりした。これを受けてモラレス氏は、CICIGが違憲で国家の安全保障に対する脅威だと主張し、同委員会の活動を2019年の任期を以て終了させた。
2020年、モラレス氏の後任にアレハンドロ・ジャマティ大統領が就任した。彼の在任中、汚職は悪化したと言われている。また、CICIGが活動終了して以降、政治経済のエリートの中でグアテマラの司法をCICIGの活動以前の腐敗した状態に戻そうとしていた人たちがいたという指摘もある。CICIGの活動終了と共に、汚職捜査を行う検察庁無処罰問題対策専門局(FECI)が設立された。しかしその局長については、多くの汚職事件を捜査した前任者から汚職の疑いがある人物に交代された。彼はCICIGに関係する裁判官、検察官、捜査官を起訴し、汚職捜査を妨害しようとしているという指摘もある。
2023年、このように汚職が悪化した状況下で大統領選挙が行われた。立候補したのは、過去に汚職で批判された大統領の周辺の人物数名と、アレバロ氏が所属するセミリャ党を含む小規模な政党の候補者だけだった。汚職政治撲滅を掲げていた人々のうち、人々から広く支持を集めていており、現状の政治体制に反する候補者は憲法裁判所から出馬を禁止されていた。そのため汚職に手を染めた政治家だけが有力な候補だった。2023年6月に行われた1回目の投票の結果、無効票が最も多かった(※1)が、アレバロ氏は決選投票に進むことになった。
しかし翌月、ポラス検事総長とFECIの長官は、アレバロ氏の政党が設立される際に不正があったとして憲法裁判所に彼の政党の活動停止を求めた。憲法裁判所は一度ポラス氏の要求を認めたが、アレバロ氏の政党が控訴した結果、最終的には決選投票参加を認めた。そして決選投票では、アレバロ氏が全体の6割近くを得票し、彼が勝利するという意外な結果に終わった。彼が所属する政党は小規模で、比較的新しい政党であり、彼の政党は他の政党と違って隠れて資金援助を受けたり、派手な選挙キャンペーンを行ったりしていなかったとされている。これまでの政府の汚職政治に対して人々の不満が高まっていたため、アレバロ氏に票が集まったと思われる。彼は1944年のグアテマラ革命で大統領に就任し、UFCよりも国民の利益を考慮して政治をしたとして名前を歴史に残したファン・アレバロ氏の息子である。
彼が当選したことを受け、検事総長を務めているポラス氏と、彼女の周辺の検察官らは、選挙の投票用紙を押収し、結果を無効にしようとしていたとされている。この理由として、アレバロ氏が就任すれば、汚職政治の捜査を妨げている疑いがあるポラス氏は、既存の政治経済のエリートを庇うことができなくなることを防ぐためだと言われている。検察庁は記者会見で選挙の無効化を求めていたが、これに対しグアテマラ選挙管理委員会は選挙が有効だったと宣言した。これにより、2024年1月にアレバロ氏は大統領に就任することとなった。
アレバロ氏の改革
ここからは、アレバロ氏が大統領に就任してから行った政策や改革について見ていく。彼は、選挙の公約として、汚職撲滅、治安の改善などを掲げた。また、植民地時代からマヤ人をはじめとする先住民(※2)が差別を受けていたことに対し、アレバロ氏は、就任演説で初めて先住民について言及した大統領であり、先住民からの期待が寄せられている。
マヤ人をはじめとするグアテマラの先住民の代表者は、アレバロ氏が当選してから2024年1月までに月に一度面会し対話を重ねている。定期的に対話をすることはスペイン人が入植して以来グアテマラでは初めてのことだ。彼を評価する人もいる一方で、先住民と新政権の関係は完全に良好というわけではない。例えば、先住民の意向を考えずに水力発電ダムの建設が進められていることが非難の対象になっている。
アレバロ氏は福祉に関する政策も実施ししている。現在グアテマラ国内の学校は修理を要する施設が多いという調査があり、このような環境を改善するため、学校を改修している。2024年9月時点で、7,500もの学校が改修された。また保健分野については、がんに罹患した患者に対して専門的な治療を受けられたり、患者の家族が保護を受けることができたりするがんケアの法案を可決した。
続いて、アレバロ氏が行った汚職撲滅政策について見ていく。彼は、汚職の摘発を行う国家汚職防止委員会(CNC)を立ち上げた。CNCは各省庁と連携して、特に公共事業や、保健、教育の分野で恒常的に横行している汚職を摘発する動きを見せている。また、アレバロ氏は汚職の疑いがある国家公務員に対して制裁を加えている。彼が大統領に就任してから1カ月の間に、汚職の疑いがあるか、その任務を十分に果たしていなかったとして1,000人近くもの人々が解雇された。
汚職撲滅には、治安の改善と麻薬密売組織の取り締まりも欠かせない。アレバロ氏は、治安改善のために国家警察の規模を拡大し、新たなトラックやオートバイを投入し、人員も補強した。しかし、警察内部も司法制度と同様に汚職で腐敗しているため大きな効果はまだ見られていないようだ。また、国境周辺の警備を含む安全保障政策に関する法律案を提出したが、アレバロ氏が所属する党が多数決を取ることができず、法律を可決できていない。また、麻薬については、大麻を非犯罪化することで、ヘロインやコカインといった比較的強い麻薬の取り締まりを強化しようとしているとアレバロ氏は述べているが、実現はされていない。

コンスエロ・ポラス検事総長(写真:CARLOS SEBASTIÁN / Wikimedia Commons [CC BY 4.0])
検事総長との対立
しかし、アレバロ氏の汚職撲滅への道のりは遠い。グアテマラ検察庁と、その中心にいるポラス氏の影響力が大きいのが理由の一つだ。ポラス氏は、2018年から検事総長の座にある。彼女のもとで、グアテマラ検察庁は多くの汚職事件の捜査を妨げてきたとされている。検察庁は汚職事件の捜査を行った検察官や裁判官などを不当に起訴しており、その結果有罪判決を宣告された人々は国外に亡命する場合もある。政府には汚職撲滅に賛同する人材が足りていないという指摘があり、アレバロ氏は政府の主要な人物からも裏切りを受けているとも言われている。エネルギー項参照の副大臣も、2024年4月に汚職で解任されることになった。
アレバロ氏の支持者の多くは、ポラス氏こそが彼の政治を妨げる最大の要因だと考えているようだが、ポラス氏を辞任させることは簡単ではない。2026年までが任期のポラス氏を、大統領が検事総長を任期の途中で辞任させることは法律上できないためだ。そこで、アレバロ氏は大統領が検事総長を辞任させられる法律の改定案を議会に提出した。可決には158票中107票を要したが、50票しか得られず不可決となった。アレバロ氏がポラス氏に対して刑事訴訟を起こし、彼女を有罪にすることで検事総長の座から下すことも制度上可能であるが、13人いる最高裁判所判事のうち10人は過去に汚職で訴えられた人物であり、ポラス氏が有罪になるという形で辞任することは難しいだろう。こ検察が汚職捜査を妨げている状況に対し、他国政府や国連からは批判の声が上がっている。ポラス氏は42以上の国々から 汚職の疑いで個人として制裁を課されている。
今後の展望
グアテマラが長い歴史の中で積み上げてきた問題は多くある。その中でも特に、根強く残っている汚職の問題が目立っている。アレバロ氏は汚職の解決に向けて動いているようには見えるが、汚職に手を染めている政治家や政府高官は現在もおり、これまでみてきたように検事総長でさえ彼の政策を妨げようとしているのが現実だ。また、グアテマラには、汚職だけではなく、南北アメリカに負の影響を与える麻薬問題の被害も受けている。さらに、先住民の差別という歴史問題や、長年の武力紛争から立ち直っていない教育や保健医療における問題も残っている。これらの問題をアレバロ氏とグアテマラ政府はどれほど解決できるのか、今後も注視が必要だ。
※1 大統領選挙において、全ての票のうち過半数が無効票だと、選挙が無効になるという法律がある。大統領選挙への出馬を禁止された候補の支持者たちは、この法律を適用させて選挙をやり直させようと考えたと思われる。彼らが無効票を投じたことが、無効票が最多だった理由の一つだと考えられる。
※2 先住民は、現在のグアテマラの人口の約4割を占めている。
ライター:Hikaruko Yamamoto
グラフィック:Ayane Ishida
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