世界の格差はAIの発達で是正されるのか?

by | 2024年04月28日 | Global View, テクノロジー, 世界, 経済・貧困

人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス、以下、AI)が目覚ましい進化を遂げ、日常のあらゆる場面で活用されるようになってきた。生活や産業の様々な場面でAIが用いられるようになり、社会がどう変化していくのかという期待と不安も膨らんでいる。AIが便利であることはいうまでもないが、AIを活用できる人と活用できない人、もしくはAIを使って仕事や自身の活動などを充実させられる人とそうでない人の間で、今後格差が生まれるかもしれない。さらに突き詰めれば、AIにアクセスできる人とそうでない人、インターネットにアクセスできる人とそうでない人、そしてコンピューターにアクセスできる人とそうでない人という側面からの格差も存在するだろう。つまり、世界の中でAIの利便性を享受できる人もいれば、AIを活用していくための教育機会がない人もいるだろうし、インターネットやコンピューターと言ったAIを使用する際に一般的に用いられるインフラへのアクセスがない人もいるのだ。そのため、AIが格差を是正するファクターとなりうるのか、反対に格差を拡大させるのかという議論もなされるようになってきた。

世界の富の半分がわずか26人によって所有されているという数字からもわかるように、世界の格差の状況は改善しているとは言えない。2020年には9,700万人が新たに貧困に陥っており、2023年4月、国連が極度の貧困状態にある人の数が4年前よりも増加していることに警鐘を鳴らしている中で、AIはどのような役割を担い、世界にどのような影響を及ぼしていくのだろうか。貧困削減、格差解消の視点からAIの活用について考えていきたい。

ChatGPTのアプリ(写真:Focal Foto / Flickr[CC BY-NC 2.0 Deed])

世界の格差の現状

世界の最も裕福な5人はその資産を1時間あたり1,400万米ドルずつ増やし続けてきたのに対して、2020年以降、世界の50億人の人々の貧困状況が悪化している。そして、格差やそこから生まれる貧困は、人々の命と暮らしに直接的な影響を及ぼすことがわかっている。所得が高ければ、人々の寿命は長くなり、子どもや母親の死亡率が下がるだけでなく保健医療の質が向上し、安全な水や電気といったインフラストラクチャーへのアクセスも保障される傾向にある。さらに、より良い教育とその教育成果を得やすく、旅行や余暇の時間が多くなるなど所得の多さが生活の質にも影響を及ぼす

格差の原因は様々あるが、国際NGOオックスファムはその原因として、企業の側面に着目し、1)企業が最低賃金の引き上げなどの、労働者の利益になる法律や労働法の制定に反対していること、2)民営化をはじめとして民間企業が人種やジェンダー間の格差を助長させていること、3)企業が民主的な構造になっておらず、富豪たちが世界のトップ企業の主要株主となっていること、4)法人税の実質税率が数十年の間に3分の1にまで下がっており大企業のほとんどが税金を納めていないこと、5)独占が起きることで数少ない企業が人々の生活に大きな影響を与えていること、6)現在の経済システムが新たな植民地主義を生み出し、中・低所得国は莫大な債務の支払いに直面していることの6つをあげている。

格差の原因は企業だけではない。経済システム上の問題では、2021年の国際通貨基金(IMF)による特別引出権(SDR)の分配の際にも格差を助長させる傾向が顕著に現れた。特別引出権とは、IMF加盟国に分配する仮想の通貨であり、経済危機などが発生し外貨不足に陥った際には、この仮想通貨を使って外貨を引き出すことができるというものだ。IMFはこの制度を活用することで、低所得国に流動的支援を提供することができ、低所得国は医療費の支払いなどが可能になると主張する。2021年、世界的な経済の動向を懸念し、IMFは過去最大規模の6,500億米ドル相当を分配した。EU加盟国には1,600億ドル相当が分配された一方で、EUのおよそ3倍の人口を抱えるアフリカ諸国への分配はわずか340億米ドルであった。国連事務総長は、特別引出権のような仮想通貨ですら、高所得国に優先的に分配されている現状に対して「このような結果を生むシステムのルールとガバナンスが根本的に間違っている」と痛烈に批判した。しかし、これは現在の格差の背景にある構造上の問題のほんの一部に過ぎず、世界経済の構造、ガバナンスの問題などが複雑に絡み合って格差が生み出されている。

「すべての人に技術を」、AIに関する会議での発表の様子(写真:ITU Pictures / Flickr[CC BY-NC-SA 2.0 Deed])

経済的な格差の影響は、インターネットアクセスなどの現代において必要不可欠なインフラとも関わってくる。中・低所得国の多くは電子送金などの分野で非常に発達した技術を有している。例えば近年デジタル化が急速に進む中央アジア諸国は、経済分野などでのデジタル化の水準は高所得国と同程度であるという。また、GDPに占めるモバイルマネーの送金割合は全世界平均が5%であるのに対して、アフリカ地域では平均してGDPの25%であり、金融セクターでのデジタル化がいち早く進んだ地域であると言えよう。

一方でインターネットへのアクセス状況は、中・低所得国では人口の35%ほどしかなく、高所得国の80%と比較しても大きな開きが生じている。中・低所得国でのインターネット接続を人口の75%まで引き上げることができれば、これらの国々の国内総生産(GDP)は2兆米ドルも増え1億4,000万人の雇用が創出されるという試算もある。インターネットへのアクセスは社会経済的人権につながるものであり、インターネットへのアクセス自体が人権だと考えられるようになってきている中で、インターネットへの接続の有無からみた不平等も今後の世界の動向には重要な観点となる。

低所得国でのAIの活用の現状

インターネットへの接続が可能になることは、アクセスできる情報が増える以外にも様々な恩恵をもたらしてくれる。その一つがAIの活用だ。AIとは、一般的に機械学習(マシーンラーニング)と深層学習(ディープラーニング)などを含む人間が知的と考える情報処理技術のことを指す。機械学習がコンピューターに情報を入力することを通じて、入力された情報パターンを獲得できるようになることを指すのに対して、深層学習では入力された情報の特徴を効果的に区別するのに必要な特徴をコンピューターが自分で発見することができる。これらの、コンピューターに情報を与え、処理させ、判断させるという一連の流れを大きくまとめたものがAIと呼ばれている。

このコンピューターに情報を与え、学習させる過程ではインターネット上の膨大な情報を活用することが一般的であり、現在AIを使った多くのサービスは事前に膨大なデータで学習済みの基盤モデル(FM)に基づいて作られている。ただし、これらの基盤モデルを活用したとしても、より複雑なタスクをこなしたりするにはファインチューニングと呼ばれる基盤モデルを特化する過程が必要になる。また、気象情報や交通情報といったリアルタイムのデータの解析を行ったり、データを常にアップデートし続けるにはインターネットを介することが一般的であるため、インターネットへの接続とAIの活用は密接な関係にあるといえよう。

データセンター(写真:RawpixelCC0 1.0 Deed

様々な場面で活用されるようになっているAIだが、低所得国での格差是正にはどのように使われているのだろうか。

例えば貧困対策の事例としてトーゴでの現金給付がある。非営利団体ギブ・ダイレクトリー(GiveDirectly)がトーゴ政府と協働したこのプロジェクトでは、衛生画像を使うことで国内の貧困が著しい地域を特定し、携帯電話のデータを機械学習を用いて調査することで極度の貧困状態にある人にターゲットを絞った。給付対象者には、電話でのコンタクトを測ることによって13万人以上に現金給付を行った。政府と研究者が加わり機械学習の手法を用いたことで、本来であれば給付対象から外される可能性があった4,000から8,000人にも給付を行うことができたという。

また、農業分野でのAIの活用も目覚ましい。大規模な土壌のサンプルと衛星画像を用いて機械学習技術を開発することで、土壌、気候、季節条件など広範にわたって情報をまとめ、年間を通じて土壌測定を可能にする方法もある。100平方メートルの精度で土地の特性を測定できるこの技術は、土壌のモニタリングや再生農業分野などにも利用されており、南アメリカではアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイで導入されている。さらに、作物を病気から守ったり、病気になってしまったときの対策としても、AIは世界各地で活用されている。例えば、ベトナムでは作物の病気の特定、健康な生育、さらには農家と農業分野の専門家を橋渡しするアプリサービスにAIを活用している。このサービスでは、AIを活用することで植物の画像から病気を素早く判断することができるという。また、バナナの病気に特化したシステムは西アフリカ地域やインドの南部で成果をあげている。これらの技術をうまく活用することで農家は生産ロスの削減が期待でき、農家の収入向上に繋がることが考えられる。

植物の病気をスマートフォンのアプリで察知する様子(写真:CGIAR System Organization / Flickr[CC BY-NC-SA 2.0 Deed])

教育分野でのAI活用も進んでいる。例えば、ラテンアメリカ諸国の高等教育ではAIを活用して、学生の支援を行う取り組みがある。AIを用いて学業状況に影響を与える要因を特定したり、学生のメンタルヘルスサポートにチャットボットを導入することでより多くの学生が支援を受けられるようにする事例もある。似たようなAIの活用例は他にもあり、南アジアを中心に広く活用されている技術の一つでは、AIチャットボットが個人に最適化した学習をサポートすることで教育の質を高めようとするものもある。一方で、そもそもAIを活用した教育にアクセスできる層が限られていることを問題視し、AIを活用することで教師の役割をサポートしたり、教育をより包括的にすることに注力するべきだという意見もある。

AIの活用は世界の格差を是正するのか

結論から言えば、格差を是正するとも拡大するとも断言できないのが現状だ。様々な事例で見たように、AIを使うことで必要としている人にピンポイントに支援を提供したり、公共サービスの質を向上させることは可能だろう。しかし、現在の世界が直面する不平等の是正に対して、残念ながらAIが貢献できるとは言い切れない。

AIの持つ構造的な不平等を如実に表しているのが、基盤モデルサプライチェーンである。基盤モデルサプライチェーンでは、上流にデータを集めたり、基盤モデルのデザインや学習を行う過程が含まれ、下流にはそれぞれの使用者のほしい形にAIを最適化し使用者が使えるようになるという過程がある。基盤モデルの開発には多様で大量のデータが用いられる。これらのデータは単に入力すれば完了するものではなく、多くの人の手によってデータを分類したり、ラベリングする必要がある。その段階での搾取が問題視されているのだ。もちろん、データの分類やラベリングに人の手が必要であることは、基盤モデルサプライチェーンの下流でも同様であるが、入力されるデータの量が桁違いである基盤モデルの開発においてはより多くの人が関わっている。

 

サプライチェーンの下流にいるユーザーは、上流で作られた基盤モデルに依存せざるを得ないのが現状だ。基盤モデルの開発には数百万米ドルが必要とされており、気軽に開発できる代物ではないため、一般使用者は基盤モデルサプライチェーンの上流で作られた基盤モデルを使うことになるだろう。現在流通している基盤モデルは様々ある。代表的なものにはグーグルが開発したBERTマイクロソフトが数十億ドルを出資するOpenAI社が提供するGPT、アマゾンが提供するタイタンや、アンソロピック社が提供するクロード、メタ社が提供するLLaMAなどがある。サプライチェーンモデルの上流は少数の企業に独占されている状態の極めて閉鎖的な市場であり、今後不平等を拡大させる要因になる可能性もある。

さらに基盤モデルの活用に際しても、既存の経済格差が影響を及ぼすことも考えられる。一般的なユーザーがAIを活用する場合、上述のように基盤モデルから開発することは困難であるため、基盤モデルを活用し、ほしい性能を獲得するためのファインチューニングを行うことが一般的だ。例えば、GNVがチャットボットをウェブサイトに導入したいとする。安価に実現する方法としては基盤モデルを土台として使い、GNVに特化した情報をインプットしていくことで、GNVのチャットボットとして機能できるようになるというプロセスが考えられる。このファインチューニングの過程では、テキストデータの最小単位であるトークンを入力し、トークンの入力量で料金が変わるという料金体系が多くなっている。つまりAIの最適化に割ける予算が多いユーザーは、より多くのトークンを入力して精度高い予測ができるようになる。反対に十分な資金がないユーザーは、入力できるトークン量が限られ、精度の高い予測が行えない。

そもそもAIという技術が開発された構造自体が、不平等を加速させるという考え方もできるかもしれない。現状ではAIを活用すると一口に言っても、上述のように高所得国の数少ない民間企業に依存せざるを得ない状況である。ChatGPTはすでに月額20米ドルでサーバーへの優遇アクセスを提供するサービスを開始し始めており、平均所得が低い低所得国の人々にとっては、これらの有料化されたサービスがAI活用に際する障壁となりうる。このような傾向が広がれば、AIを使用して仕事の効率を上げられる労働者と、そうでない労働者の間の格差は既存の経済格差を反映する形で表出するだろう。

AI格差の是正に向けて

AIの発展と活用拡大が今ある格差を広げないようにするには、低所得国が早くからデジタルスキル教育に取り組み、AIを使う労働力の育成に取り組むべきであるという指摘もある。指摘では、ケニアの幼児教育の段階から情報通信技術(ICT)スキル向上を目指す事例などを取り上げつつも、低所得国の多くがデジタルスキルを教育に組み込んでいくことについては政策実施の初期段階であるとしている。

タンザニアの学校でパソコンを利用する学生(写真:ROMAN ODINTSOV / Pexels[Pexels License])

他方で、そもそも格差は個々人がどのように働くか、どのような才能やスキルを持っているかという要因よりも、その人がどこで生まれたのか、出生地・国の経済状況がどうであったのかという個人では選択できない要因で決まっているとする研究結果もある。そして、この出生地・国による格差解消は、再分配なくして実現することは難しいという。

アフリカ大陸の全ての国でブロードバンドインターネットアクセスを確立するのにかかる金額は1,000億米ドルだという。この金額は高額に思えるかもしれない。しかし、より多くの人がインターネットを使えるようになることは、経済的にも良い結果を生み出すことがわかっている。中・低所得国ではインターネット普及率が10%増えるだけで、GDP成長率は1.38%も増えるという。2030年にAIによって世界全体にもたらされる経済効果は15兆7,000億米ドルに上ると言われている。これらの経済効果で中・低所得国が利益を得られるような取り組みを行うことで、格差の是正も現実のものとなるのかもしれない。

AIが生み出す15兆7,000億米ドルの経済効果は、どこの誰を富ませるのだろうか。

 

ライター:Azusa Iwane

 

0 Comments

Submit a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *