2025年5月、世界保健機関(WHO)は、パプアニューギニアにおいてトラコーマが根絶されたと発表した。トラコーマとは、クラミジア・トラコマチスという細菌の感染により引き起こされる目の感染症であり、感染を繰り返すと失明に繋がりうる。このニュースは、パプアニューギニアにおける公衆衛生問題の進展を示すものである。
一方で同じく2025年5月にWHOから宣言されたのは、パプアニューギニアにおけるポリオの発生であった。これはポリオウイルスへの感染により引き起こされるもので、重症化すると呼吸器の麻痺による死亡につながる恐れがある。パプアニューギニアでは2018年に一度根絶したと言われていたポリオが再び出現したのである。
あらゆる感染症やその他の健康上の問題に対応するには、包括的で持続的な取り組みが必要である。上の2つの対照的なニュースからわかるように、パプアニューギニアは一定の成果を上げている一方で、まだ多くの公衆衛生・保健医療上の問題を抱えている。本記事では、パプアニューギニアの公衆衛生問題や保健医療政策がどのような歴史をたどってきたのか、今どのような体制にありどのような課題を抱えているのかを探っていく。

総合病院での診察の様子、ポート・モレスビー(写真:Ness Kerson/madNESS Photography for AusAID / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])
地理・歴史的背景
パプアニューギニアは、インドネシアとの国境があるニューギニア島の東半分と、ニューブリテン島、ニューアイルランド島、ブーゲンビル島など多数の島々で構成されている。ニューギニア島には険しく複雑な山岳地帯が広がっており、多くがジャングルに覆われている。火山や鉱物資源が豊富であり、周辺にはサンゴ礁も広がっている。また、山脈やジャングルなどの地形的な要素により孤立した村落が多いため、それぞれの地域で独自の言語が発達し、世界一言語が多い国として知られている。
2024年時点での人口はおよそ1,000万人であり、年々増加している。その分布についての特筆すべき点として、都市化率が比較的低いことを挙げておく。2024年の時点で都市に住む人口は全人口の約14%程だったとされる。また、年齢構成は若年層が非常に多く、2024年時点で年少人口(0~14歳)が35.0%、15~24歳が19.7%となっている。このような状況が、教育や公衆衛生、医療アクセス等の課題に直結し、さまざまな影響を与えているのである。
ここで、パプアニューギニアの歴史に軽く触れておこう。ニューギニア島の歴史は、紀元前50,000年前に人類が定住し始めたところから始まる。紀元前7,000年頃以降主に高地で独自の農業が発展し、2,500年前からは海岸地域で陶器づくりや養豚、独自の漁業技術などで生活していたとされる。島々の間では貿易も行われていた。
16世紀初頭にヨーロッパからの航海者がニューギニア島にたどり着き、徐々に進出し始めた。1884年、本格的な植民地化が始まった。現在のパプアニューギニアの北半分は「ドイツ領ニューギニア」としてドイツに、南沿岸エリア(パプアと呼ばれる)とその近隣諸島は「イギリス領ニューギニア」としてイギリスに支配されることになった(※1)。その後それぞれ1914年と1906年にはオーストラリアの統治を受けることになった。第二次世界大戦中は日本に占領されたが、日本の降伏後、1945年から1946年にかけてパプアとニューギニアは統合し、パプアニューギニアとしてオーストラリアに委託統治された。パプアニューギニアが独立国となったのは1975年のことである。
現在パプアニューギニアの経済は天然資源に大きく依存している。国内最大の産業は鉱業であり、金、銅、石油などを多く輸出している。漁業も盛んであり、特にマグロは国の輸出の重要な部分を占めている。熱帯雨林を利用し、丸太などの木材も主要輸出品の一つになっているが、乱伐が懸念されている。国民一人当たりの国内総生産(GDP)は2024年で2,572米ドルと低水準で、国内には深刻な所得格差が存在する。貧困状態にある人々は非常に多く、「エシカルな(倫理的)な貧困ライン(※2)」を基準にして貧困率を測ると、このライン以下で暮らす人々は2009年時点で人口の90%に及んだ。
保健医療体制の成り立ち
植民地化される前まで、パプアニューギニアでの伝統的な医療は集落ごとの独自のものであった。多くは薬草を用いた療法や儀式、地域によっては治療師の知識や技術を使って病気やケガに対応していた。
ドイツ・イギリスの植民地時代、医療は主に宣教師団体や植民地当局によって提供されていた。これがパプアニューギニアにおける近代医療の基盤となった。彼らは病院や診療所などの医療施設も設立したが、これらは主に植民地官僚、宣教師、そして入植者を対象としたものだった。第一次世界大戦後に統治を引き継いだオーストラリア政府は、中央集権的な体制の下、保健制度の組織化を進めた。この時期も宣教師団体は各地域の行政官と協力しており、「ミッション・ステーション」と呼ばれる拠点を設け、その中に保健所などの医療施設も設置して保健医療サービスを提供した。WHO発足後は世界マラリア根絶計画などの国際的で大規模な垂直型のプログラムも実行された。
1975年の独立以降、パプアニューギニアは自国の保健システムを構築し始めた。当初は中央集権的なモデルで運営され、国の保健省(NDoH)が予算配分・人材配置・医薬品管理などすべてを一元的に担っていた。独立以前からの変化としては、地方のでのヘルスセンターの設立や医療従事者の訓練など、医療サービスをより多くの人に拡大しようとした点である。
しかし、この頃のモデルは地理的多様性・人口分散の中では非効率的であり、現場の裁量も限られていたため、柔軟性が欠如していたと評価される。前述したように、山脈やジャングルなどの地理的な要素と孤立した複数の集落の存在は、パプアニューギニアの保健医療サービスの提供を困難にする大きなポイントである。地理的制約と人口分散はインフラ整備や医療アクセスの確保を阻んできた。

パプアニューギニアの険しい山脈(写真:Alan & Flora Botting / Wikimedia Commons[CC BY-SA 2.0])
このような状況に対応して、1977年「州政府に関する基本法」という地方自治に関する基本法が制定され、分権化を進めるための第一歩となった。しかし、これは人材や資源を地方に薄く配置するような形になり、またサービス提供の仕組みを複雑化する結果となった。1995年の改定により、保健サービスの提供・予算管理の責任は州政府・地方政府へ委譲しつつ、NDoHは政策策定・基準設定・監視評価の役割を強化するようになった。結果として地方行政における予算・人材運用の自由度が拡大したが、一方で資源配分がニーズの大きさに関わらず画一的かつ定率的に行われたため、保健サービスの地域的な格差は拡大することになった。
現在の保健システムの全体像
現在パプアニューギニアで運用されている保健医療制度について詳しく見てみよう。先述の通り、パプアニューギニアは保健サービス提供の大部分を州政府へ委譲し、分権的な保健システムを構築している。これは1977年制定・1995年改正の地方自治基本法の制定以来続いてきたものである。
ここで、保健医療における財政的課題への対応として、健康増進プログラム(HSIP)について説明する。HSIPとは、パプアニューギニア政府やドナーが資金をNdoHの管理する信託口座に集め、州政府や支援団体と資金を共有する制度のことである。もともとは1996年にアジア開発銀行(ABD)の支援により設立した信託口座だったが、2003年に複数のドナーが参加し、拡大したことで特に農村部や貧困地域における医療へのアクセス向上のため効率的に配分するためのメカニズムとして重要な役割を担うようになった。HSIPの資金構成は、パプアニューギニア政府が約70%、オーストラリア外務貿易省(DFAT)が約8%とされている他、国連やニュージーランドなどがドナーとして参加している。HSIPは、手続き上の遅延やDFAT資金の一時凍結(2016-2018年)などの問題もあったが、保健サービスに関する財政的課題を一定程度改善するものであった。
パプアニューギニアでは医療機関は明確な階層構造に基づいて設計されている。具体的には、以下の図のように7つのレベルに分類される。
最も基礎的なレベル1のエイドポストでは、地域住民1,000人程度を対象に簡易な処置や感染症管理を行う。レベルが上がり対象とする人口規模が大きくなるにつれ医療機能は高度化し、看護師や医師の常駐、分娩や入院治療、外科手術が可能となる。その最高位であるレベル7には高度専門医療や医療教育・研究を担う国立病院が存在する。
制度上は、下位の施設で診療不可能な症例は上位の施設へと紹介する「紹介制度」が整備されているが、実際には交通アクセスや人材・医薬品の欠如などの理由で機能不全に陥っていることが多い。特に山岳地帯や離島では、緊急性の高い症例で対応が間に合わなくなることがある。また、下位の医療施設の多くはインフラの未整備・老朽化が見られ、設備的な制約も大きい。加えて、特に農村部の下位レベルの医療施設では、教会など非政府主体の影響力が未だに残っていることにも触れておきたい。公的なサービスを補完するものとして大きな貢献がある一方で、制度統合による均質的な医療提供水準の確保が求められる。
世界の他の国においても言えることだが、パプアニューギニアでも2020年から始まった新型コロナウイルスのパンデミック時に保健医療体制の脆弱性が露呈した。もともとインフラが脆弱で慢性的に医療資源不足であったパプアニューギニアは、パンデミックにより一次・二次医療が著しい機能不全に陥った。特に、農村部における保健サービスの停止が顕著であった。これにより、マラリアや結核、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などの新型コロナウイルス以外の感染症に対する予防・治療活動も停止し、大きな被害を受けた。また、感染拡大防止を理由とした移動制限や国境警備の強化により、薬品や医療機材の輸送が妨げられ、医療アクセスは一層悪化した。都市部においても、新型コロナウイルスの対応に多くの人材と資源を投入したことで、通常の診療、ワクチン接種、母子保健プログラムなどが中断され、慢性疾患や感染症を抱える患者が治療の機会を失うことにつながった。
ただし、そもそもワクチンなどの重要な医薬品が高所得国に買い占められ、パプアニューギニアが入手できるまでに時間がかかってしまったことが、大きな障壁の一つだったといえるだろう。パンデミック対応における国際的な医療格差は世界の深刻な不平等の実態が浮き彫りにした。

パプアニューギニア島の沿岸の町、トゥフィ(写真:Larry V. Dumlao / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])
主要な健康指標と健康課題
では、パプアニューギニアは現在どのような健康上の課題を抱えているのだろうか。いくつかの指標をみてみよう。
パプアニューギニアの平均寿命は、2023年時点で男性63.7歳、女性66.1歳である。ここ十数年の変化は小さく、ほぼ横ばいである。
また、パプアニューギニアの母子健康指標は厳しい状況にある。乳児死亡率1,000人当たりの乳児死亡率は、2024年で35.7人であり、年々減少している。しかしながら、世界の平均(2020年)が27.4人であったことを考えると、死亡率はまだ高いと言える。2023年24時間年中無休で緊急産科医療を提供できる設備が整っている医療施設はわずか5%しかなく、医療施設で出産した女性は全体の45%に留まった。このような状況は、母子健康の維持に深刻な支障をきたしている。
感染症はパプアニューギニアの健康課題の中心であり続けている。マラリアや結核の感染者が依然として多く、このような感染症が入院と死亡の主な原因の一つとなっている。2023年の新規マラリア感染者は83万人を超える。2023年の新規結核感染者は、通知されているだけでは38,000件に上る。HIVについても、2024年の新規感染者数は11,000人に上り、母子感染も高い割合で発生している。諸感染症に関するワクチン接種率を見てみると、2024年時点で麻疹および五種混合ワクチン(※3)の予防接種率は、40%に留まるとされる。近隣諸国では、フィジーで94%、ソロモン諸島で60%であることを踏まえると、著しく低い水準にあることがわかるだろう。
問題は感染症だけではない。がんや悪性腫瘍、糖尿病、脳卒中、その他の心血管疾患などの非感染性疾患(NCD)や生活習慣病が増えていることも着目したい。2008年の調査では、人口の約99.6%が中~高リスクとされ、77.7%が特にリスクが高いと報告された。主要なリスク要因としては、野菜摂取不足(87.2%)、タバコ(44%)、ベテルナッツ嚥下(79%)(※4)、過度な飲酒(31%)、肥満(31%)といった生活習慣による危険因子が挙げられる。2022年の報告によると、全死亡者の47%がNCDsを死因としたとされる。これらの慢性疾患への対応が新たな課題となっている。

新生児と母親とコミュニティ保健員、ブーゲンビル島(写真:Department of Foreign Affairs and Trade / Wikimedia Commons[CC BY 2.0])
また新型コロナウイルスのパンデミックにおいては、自宅での死亡者数が急増したことも特徴的だ。アクセスの悪さという制度的な欠陥により病院を受診できない重症者がいただけではなく、感染を恐れた家族や近隣住民により、家を追い出されたり、部屋に隔離されて病院での適切な治療を受けられなかった患者がいたというケースも報告された。こうした背景には、この感染症に対する情報が十分に届いていなかったことも一因と考えられ、情報普及と地域啓発の必要性が浮き彫りとなった。
近年の改革と希望の兆し
パプアニューギニアの保健医療・公衆衛生は多くの課題をかかえているが、近年は持続可能で包括的な医療の実現を目指した新たな取り組みが進められている。2021年から2030年を対象とする新しい健康増進計画では、持続可能な開発目標(SDGs)のコミットメントを反映して「誰一人取り残さない」ことを掲げ、国民全体の健康水準の向上と保健システムの強化をめざしている。この計画は、人的資源と情報技術(IT)インフラの整備、データ収集・利用に特に重点を置いており、保健情報システムの質と効率向上に取り組んでいる。
また、持続可能な保健システムの構築を目指して、「バック・トゥ・ベーシックス」アプローチを図っている。これは、離島の存在や民族構成により一律的な中央集権的医療提供に限界があることを踏まえ、地方での一次医療に重点を置くアプローチである。1990年代の改革と方向性は同じだが、資金・人材の配分やインフラ整備の未発達などの課題を踏まえ、以下のような新しさを持っている。
1つ目は、特に医療不足が深刻な農村部において、一次医療センターやコミュニティヘルスポストを基盤とし、24時間対応可能な基礎的な医療・予防ケア提供ができるよう整備することを最優先にしている点である。それに伴い保健スタッフのスキルアップや医療人材の配置強化や医療機器の運送や維持管理体制の改善、最終的には二次・三次医療へのスムーズな連携を支える「医療ピラミッド」の構築を目指している。2つ目は、HSIP資金を含めたリソースの配分見直しである。人口や乳児死亡率、支出能力など複数の指標を考慮した、特にアクセス困難地への戦略的投資を図る。3つ目は、政府だけでなく、教会系医療機関や非政府団体(NGO)を制度的に「パートナー」と位置付ける明確な枠組みを設置することである。1990年代まで「補完的」な存在だったが、制度の一部として統合していく方向を明らかにした。また、情報システムとの接続も盛り込まれている。

結核の専門医による救急船を使った巡回診療(写真:Department of Foreign Affairs and Trade / Wikimedia Commons[CC BY 2.0])
冒頭に触れたトラコーマの根絶のニュースは、以上のようなパプアニューギニアの努力の成果であると言えるだろう。トラコーマは主に汚れた水環境や密集した居住条件がある地域で発生することが多い。WHOはトラコーマ撲滅のために、治療と環境改善を組み合わせた「SAFE戦略」(※5)を推奨している。パプアニューギニアの工夫は、フィラリアという別の感染症のためにあった既存のプログラムとSAFE戦略のうちの抗生物質投与を連携して実施したことにあるという。フィラリアとトラコーマの薬をまとめて一斉に配布し、集団抗生物質投与(MDA)を実現したのだ。複数の感染症対策を同時に行うことで、医療人材や物流、資金の効率的な活用を図り、また住民の受診機会を最大限利用する点でも効果的であった。
今後、パプアニューギニアが他の熱帯病でも同様の成果を重ねていくか注目される。しかしながら、資金の不安定性、医薬品物流の脆弱さ、人材不足、非感染性疾患と感染症の二重負荷、人口増加などの課題は依然として残っている。
※1 一方でニューギニア島の西半分は、1800年代からオランダの植民地とされ、その後1962年にインドネシア領となったが、独立運動も存在する。
※2 世界銀行により定められた極度の貧困ラインは1日2.15米ドルで暮らす状態である。しかしこの貧困ラインは実際の貧困状態を捉えていない。そのため、GNVではエシカル(倫理的)な貧困ライン(1日7.4米ドル)を採用している。
※3 5種混合ワクチン ポリオ、百日せき、破傷風、ヒトインフルエンザ菌感染症(Hib感染症)、ジフテリアを予防するためのワクチン。
※4 ベテルナッツ嚥下 ビンロウジュの実を、ライムやべテルの葉と一緒に包んだものを噛み、摂取する行為。東南アジアやパプアニューギニアで広く嗜好品として使われる。発がん性や消化器官・口腔衛生への悪影響依存性が指摘されている。
※5 SAFE戦略 失明の進行を防ぐための手術(Surgery)・感染の治療と拡大防止のための抗生物質投与(Antibiotics)・感染リスク低減のための顔の清潔(Facial cleanliness)・根本的な再発防止策としての環境改善(Environmental improvement)という4本柱の公衆衛生介入策。
ライター:Kyoka Wada
グラフィック:MIKI Yuna
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