世界最大の食肉輸出大国であるブラジル。その輸出額は世界の総輸出額の39%を占め、輸出先は150国を超える。その背景にあるのは巨大な食肉産業であり、牛肉、鶏肉の生産量において、ブラジルは現在、アメリカに次いで世界第2位に位置している。ブラジルの食肉の生産量は1960年以降、3倍以上に増加しており、増加する生産量は、国内外における食肉需要の増加に支えられている。
一方で、このような食肉の生産、輸出をめぐって生じる深刻な問題があり、その問題は労働者への人権侵害、企業と政府との癒着、森林破壊等、多岐にわたっている。
本記事ではまず、食肉産業がブラジルで世界最大の輸出量を誇るほどに成長した背景について取り上げ、さらにその一方で生じている問題についてそれぞれ扱っていく。

イギリスの肉屋で販売されているブラジルの食肉(写真:Matt Brown / Flickr[CC BY 2.0])
食肉産業の発展
そもそも、ブラジルで家畜生産が盛んになった背景にはいったい何があるのだろうか。これには主に、国内外で肉の需要が増加したこと、さらにはブラジル政府によって食肉加工企業の支援プロフェクトが行われたことが挙げられる。
まずは、ブラジル国内における食肉需要の増加について見ていきたい。ブラジルの人口は、過去50年間で9,500万人から2億1,200万人に増加しており、その人口増加に合わせて食肉需要も高まっている。さらに、一人当たりの食肉の消費量も増加した。高所得国であればあるほど一人当たりが食す肉の量は大きいという傾向が専門家によって指摘されているように、ブラジルにおいても経済発展に伴い、一人当たりの食肉の消費量が増加したと考えられる。
ブラジルの国外においても、食肉の需要は高まっている。2018年のデータによれば、世界の食肉消費量は1998年から2018年まで、58%増加し、2018年には3億6,000万トンに達した。このような国外の食肉需要の増加傾向は、世界的な人口増加、所得の増加、都市化の進展等、他国の経済発展に伴う影響を受けている。
世界の食肉需要の増加に対応し、2018年だけでも、ブラジルは前年比11%増の164万トンの牛肉を輸出し、世界最大の輸出量を記録した。さらに、翌年の2019年には、182万トンの牛肉が輸出され、それ以降も途切れることなく輸出量は増加傾向にある。ブラジルの食肉を主に輸入している国は、中国をはじめとしたアジアの国々に多い。例えば、牛肉において中国はブラジルの2019年の輸出総量の内、約45%を占めている。
巨大な多国籍企業
このようなブラジルの食肉需要を支えているアクターには、ジェイ・ビー・エス・エッセ・ア(JBS)、ブラジル・フーズ(BRF)といったブラジルの巨大な多国籍企業の存在がある。中でも、世界最大の食肉加工業者であるJBSは世界で90,000人以上の従業員を擁し、2019年時点では年間収益で500 億米ドルを得ている。 JBSがまだ家族経営の小会社であった2000年代初頭、ブラジルの食肉や飼料穀物産業を担っていたのはアメリカとヨーロッパの多国籍企業であった。そこからわずか1世代間で食肉産業の世界市場にブラジルの多国籍企業が進出することとなる。例えば、JBSは、1953年にブラジルの中西部都市、アナポリスで設立された家族経営の肉処理場であった。数年後、ブラジルの新しい首都ブラジリアに会社が移転され、都市を建設する労働者に肉を供給する食肉処理場が設立された。
このような1953年に始まった家族経営の小さな肉屋が2005年までに世界最大の食肉輸出会社になった。その背景にはいったい何があるのだろうか。首都ブラジリアに会社が移転はひとつのきっかけとなったが、他の会社の買収や政府からの助成も大きな要因となる。 JBSは一連の食肉処理場と加工工場の買収を進め、2007年、株式公開企業になった。その時期、畜産業を通して自国の国力を上げようと試みていたブラジル政府はとあるプロジェクトを立ち上げた。それが、ブラジル企業への助成プロジェクト、「優勝決戦」政策であった。これは、JBSを巨大多国籍企業に押し上げるきっかけとなった。
この食肉会社の「優勝決戦」政策は、2007年から2013年まで、ブラジル国家経済社会開発銀行(BNDES)によって実施された。この政策の目的は、ブラジル国内で大規模な多国籍企業を出現させ、国内に相当な収益をもたらすことにあった。この政策の受益者は、ブラジルの食肉加工企業のみならず、石油および鉱業企業が含まれたが、その中で大手肉加工企業においてはJBS、BRF、マーフリック(Marfrig)が選ばれた。この政策において、政府は、対象企業に対し、補助金付きの融資を行い、前述したブラジルBNDES投資部門を通し、企業の社債や株式を購入した。
政府から融資援助を受けた会社は自社の規模を拡大するため、合併と買収を行う。JBSを例に見ていきたい。BNDESは2007年に初めてJBSに約5億8,000万米ドルに相当する金額を投資し、国際的な買収を加速させJBSは南北アメリカ全域の食肉加工事業を買収した。その後、北アイルランドの大手養鶏会社モイ・パークやアメリカの鶏肉会社ピルグリム・プライドを買収した。2009年にBNDESはさらに20億米ドル相当の投資を行った。「優勝決戦」政策後、JBSは瞬く間に世界最大の食肉生産・輸出国となった。
このようにブラジルの食肉産業が大きく成長し、多国籍企業が市場の拡大を進めた。一方で複数の問題がある。その一つが農場労働者の労働状況である。

ブラジル議会で設置されたJBS合同議会調査委員会の様子(写真:Agência Senado / Flickr[CC BY 2.0])
現代奴隷の問題
ブラジルの食肉産業の世界進出の背景において、政府の助成プロジェクトも一因ではあるが、食肉を生産するコストの低さも挙げることができる。2025年の調査によると、ブラジルの食肉の価格の高さは世界で62位であった。この低価格での販売が可能になっている一方で、ブラジルの農場における安価な労働力の搾取が問題となっている。その顕著な例は、時に「現代奴隷」と呼ばれる。
現代奴隷とは、身体的、精神的苦痛の伴う中での労働や超過労働、劣悪な衛生環境における労働を強いられた人々を意味し、雇用主にたいして借金を抱える者や、経済的、政治的理由から故郷に戻れない者も少なくない。ブラジルで被害を受けた労働者のほとんどは国内移住者である。彼らは、農地に仕事を求めて故郷を離れる、あるいは、「客」(ゲスト)と呼ばれる労働者募集業者によって、実際の労働状況を隠して募集される。
それでは、どれ程多くの労働者が「現代奴隷」と呼ばれる労働状況にあるのだろうか。1995年、ブラジル連邦政府は、国内および国際労働機関(ILO)に対し、現代の奴隷労働の存在を公的に認めた。ミンデルー基金が2023年に発表した「グローバル奴隷指数」によれば、100万人以上の強制労働、強制結婚が確認されている。NGO、ブラジル報道団の調査によれば、ブラジルで記録された「奴隷労働」事例の内、60%が牛の放牧部門であるという。
「奴隷労働」を強いた農場主はブラジル刑法に基づいて裁かれるが、政府によって審査、解放される労働者の数は限られている。1995年から2020年の間に報告された労働者数の内、これまで解放された労働者割合は31%であった。さらに、多くの「現代奴隷」の労働状況は報告されないままである。ブラジルでは現在、地方での労働状況の審査数が劇的に減少している。そこで労働を強いられる人々の追跡が不十分であることが指摘されている。

ブラジルの牧場の様子(写真:Vicente Bissoni Neto / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])
このように審査を困難なものにさせている一因は、そもそも強制労働の場を検知することが困難であることにある。家畜産業における「奴隷労働」の大部分は、動物を処理して供給する農場ではなく、動物を農場に送る前に動物の肥育を行う別の農場で見られる。このような場合、強制労働の場となっている動物の肥育場所を特定し、責任追及することが困難となると専門家は分析している。
安全性と政治の不透明性
ブラジルの食肉産業が抱える問題は、労働者だけでなく、消費者にも及んでいる。そしてその背景には大手企業と政府の癒着も見られる。
2017年3月、世界最大の食肉の輸出会社、JBSがサルモネラ菌に汚染された牛肉、豚肉、鶏肉を国内外に流通させていたということがブラジルの連邦警察の捜査により明らかになった。調査では、牛肉・豚肉・鶏肉におけるサルモネラ汚染事例が多数判明し、中国や欧州連合(EU)、日本、メキシコなどの輸出市場で禁止措置も検討・実施された。
数年にわたって、JBSが食肉の汚染を見逃すために食肉検査官や政府関係者に賄賂を渡していたことが明らかになった。また、インサイダー取引など自社の事業拡大・保護を目的としたその他の活動について責任を問われないようにするためにも、多くの政府関係者に巨額な賄賂が使われていた。例えば、JBSの内部告発者によると、1,829人の政治家に賄賂が送られ、金額は約2億5,000万米ドルに及んだ。
JBSを率いるジョズレイ・バチスタ氏とウェズレイ・バティスタ氏の兄弟はともに、2017にインサイダー取引で逮捕されたものの、約半年で釈放された。政府と大手企業との癒着により、消費者の安全が脅かされる危険性、消費者の立場の脆弱さを意識させるスキャンダルとなった。

JBSの商品サンプルを検査する食肉検査官(写真:Agência Brasília / Flickr[CC BY 2.0])
森林破壊
ブラジルの食肉産業、環境についても問題が指摘されている。食肉用の動物を放牧する土地を切り開いたり、家畜のえさを栽培したりするためには非常に広大な土地が必要になる。そこで問題となるのが森林破壊である。ブラジルにおける牛の放牧は、森林破壊における炭素排出の主な要因とされている。アマゾンの熱帯地域の森林破壊の80%が、作物、放牧地、牧草地等の農地の開墾に起因しているとされている。
森林伐採の目的とされるのは家畜の肥育だけではない。家畜の数が増えれば、必要とされる家畜のえさの量も増加し、大豆といった穀物を育てるための農場が必要となる。実際に、ブラジルの中央部のセラード地方で大豆を育てるための面積は、2000-2001年度から2018-2019年度までに、7.5百万ヘクタールから18.2百万ヘクタールに増加している。
そもそも森林伐採は環境や人にどの様に影響しているのだろうか。その1つは畜産のために森林を切り開くために用いられる火災である。ブラジルでは、約90%の火災が畜産に関連しているという報告もある。
こういった森林破壊は、気候変動だけでなく、アマゾンに約100万人住んでいる先住民の居住場所を侵害する事にもつながっている。2018年8月から2019年7月までの間に、地域の先住民の住む土地における森林伐採は42,600ヘクタールに達し、2008年から2018年の平均に対して174%の増加を記録した。
このように、ブラジルでは家畜のために大規模な森林伐採がみられている。しかし違法に行われているケースが少なくない。ブラジルでは森林伐採禁止の区域が定められているが、それを無視した違法な農場の開墾、農場化が行われることもある。この違法に森林が伐採された土地で育てられた牛が、JBSといったブラジルの大手多国籍企業によって販売されてきた。しかし、そのような大手企業が違法な土地で育てられた牛を販売しているということを明らかにし、責任追及することには困難を伴う。

畜産のための森林伐採(写真:Carina Furlanetto / Shutterstock.com)
この原因となっているのは、「カウロンダリング」とも呼ばれる。ロンダリングとは、「きれいに洗うこと」を意味し、カウロンダリングとは、「マネーロンダリング」をもじったものである。つまり、違法に森林を伐採した農場で生まれた牛を、伐採が合法である農場に移すことで「きれいな」な牛に見せかけ、出自を曖昧にした上で販売する手口である。
カウロンダリングは例えば以下のように機能する。2022年、 JBSは違法に伐採された農場から8万5千頭以上の牛を購入していたと検察によって発表された。ブラジル政府やEUは「最終の供給元(直接取引先)」のみを検査の対象にすることが多いため、企業は意図的に「直接の仕入れ先以前の経路までは追跡する権限も義務もない」と主張することができる。JBSはこの問題を長年、解決することを公約しているが実現されていない。このようなカウロンダリングはマーフリック等、他の企業でも見られている。
まとめ
これまで見てきたように、ブラジルは世界最大級の農畜産業を誇るが、その発展の背景には政府の開発援助と多国籍企業の成長がある。特に、JBSやBRFといった企業は、政府の融資を受けて急成長し、世界市場を席巻している。しかし、その裏側には現代奴隷、安全性の問題、腐敗や政府との癒着問題、環境破壊が深刻な形で存在する。食肉産業を牛耳っている多国籍企業は賄賂や「カウロンダリング」により、企業は責任を回避し続けている。
しかしこれは決してブラジル国内だけの問題ではない。世界最大の食肉出国からの食肉は世界中で消費されている。世界からの注目も求められる。
ライター:Nishimura Yoshine
グラフィック:Ayane Ishida
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