ガソリン車よりもクリーンなイメージが持たれることが多い電気自動車。走行中に限ってみれば確かに自動車から出る温室効果ガスはない。しかし、より深く考えていくとそのイメージは実態とはかけ離れたものだということが見えてくる。
GNVが過去に公開した記事「電気自動車は環境に優しいのか?」では、電気自動車の環境面での問題点について、温室効果ガスの排出、原材料の採掘に伴う環境破壊などの観点から指摘している。
特に、電気自動車をはじめ、多くの電子機器に使われるリチウムイオンバッテリーに不可欠な鉱物であるコバルトは深刻な問題となっている。世界で産出されるコバルトのうち6割以上がコンゴ民主共和国で産出されるが、これが環境汚染、人権侵害、搾取などの問題を引き起こしている。なお、コンゴ民主共和国はコバルトの他にも多くの鉱物資源が確認されているが、このような豊富な資源の利権が2025年から激化しているコンゴ民主共和国軍と反政府勢力M23の紛争の要因の1つになっているとも指摘されている。
今回は、電気自動車を考える上で特にバッテリーに注目したい。具体的には、バッテリーの利用サイクルの問題点や改善への道、バッテリーの生産段階での問題などについて考えるために、ニュースメディア「ザ・カンバセーション(The Conversation)」より、電気自動車のバッテリーについて取り上げた記事を2つ紹介する。
1つ目は、2023年5月24日に公開されたメヒディ・セイドマフムディアン氏、アレックス・ストイチェフスキー氏、サード・メヒレフ氏による「修理・再利用・リサイクルができなければ、バッテリーは電気自動車の環境面での弱点となる」であり、2つ目は、2024年9月4日に公開されたラファエル・デバート氏とジェシカ・ディカルロ氏による「世界で最もコバルトを産出する国、コンゴ民主共和国:地元のエリートによる支配が世界のバッテリー産業をどのように形成しているのか」だ。
2つの記事を通して、普及が進む電気自動車に搭載されているバッテリーが引き起こす問題について見ていこう。

給電中の電気自動車の裏側(写真:Jean-Jacques Halans / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
修理・再利用・リサイクルができなければ、バッテリーは電気自動車の環境面での弱点となる
《ザ・カンバセーション(The Conversation)の翻訳記事、メヒディ・セイドマフムディアン氏、アレックス・ストイチェフスキー氏、サード・メヒレフ氏(Mehdi Seyedmahmoudian, Alex Stojcevski, Saad Mekhilef)著(※1)》
電気自動車に賛成する人々は、電気自動車は化石燃料を使う自動車よりも最終的な二酸化炭素排出量が少なく、エネルギー問題を根本的に解決してくれると言う。この主張はもっともらしく聞こえるが、電気自動車について深く掘り下げ、その部品がどの程度持続可能なものなのかを見てみると、疑問が湧いてくる。実際、電気自動車の動力源であるバッテリーは、電気自動車が環境にいいという主張の弱点でもある。
バッテリーは電気自動車で最も高価な部品である。バッテリーパックが損傷したり、欠陥があったり、あるいは単に古かったりすると、それを搭載する車両が想定以上に早く使い物にならなくなる可能性がある。電気自動車メーカーテスラ(Tesla)は、「修理不可能」と言われる「構造的」バッテリーパックさえ製造している。

ハイブリット車に搭載されるバッテリーパック(写真:Earthworm / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
これらのバッテリーを製造するためには、リチウムや水など、ますます希少で貴重になりつつある資源が必要となる。それにもかかわらず、バッテリーは修理や再利用、リサイクルが容易なように設計されていることは少ない。これは、材料の採掘から、新しいバッテリーや自動車の製造に使用される水やエネルギー、そして廃棄されたバッテリーから出る有害廃棄物に至るまで、環境に大きな影響を与える。
言い換えれば、「電気自動車は本当に環境に優しいのか」という問いに対する答えは、バッテリーに関連するマイナス面に我々がどう対処するかで変わりうる。電気自動車用バッテリーの設計、製造、使用、リサイクル方法の変更が急務である。こうした変化を実現させることによって、化石燃料の排出問題を解決でき、同時にその他の環境への害も最小限に抑えることができるのである。
手を打つならば今のうちに
電気自動車が世界の自動車保有台数のごく一部である今のうちに、こうした問題を解決することが重要だ。世界をリードするノルウェーでさえ、道路を走る車のうち電気自動車は20%ほどしかない。オーストラリアでは、登録されている自動車2,000万台のうちバッテリーで動く車は10万台に満たない。
しかし、すでに私たちはバッテリーに関する新たな懸念と向き合いつつある。電気自動車に搭載されるリチウム電池の性能は、所有者の運転習慣にもよるが、6年から10年で全容量の70~80%まで低下する。この時点で、バッテリーは自動車の主要原動力としてはほとんど信頼できなくなる。急速充電を繰り返すと、バッテリーはさらに早く劣化する。
世界全体では、2025年までに約52万5,000個のバッテリーが自動車の動力源としての耐用年数を迎える。その数は2030年までに100万個以上に急増する。

電気自動車用のバッテリーの生産ライン(写真:chris connors / Flickr [CC BY-NC 2.0])
電気自動車の後はバッテリーとして利用
しかし、リチウム電池の本来の寿命は20年である。つまり、車載用バッテリーとしての寿命が尽きても、必ずしも廃棄しなければならないわけではない。引退したバッテリーは、他の用途にいくらでも使えるのだ。
では、引退したバッテリーにはまだどれくらいの容量があるのだろうか?一例として、シボレー・ボルトのバッテリー5個を再利用した蓄電池は、住宅5軒分のピーク時の2時間分に当たるエネルギー需要を満たすことができる。テスラ・モデル3のバッテリーはさらに優れており、シボレー・ボルトの3倍のエネルギー容量を持つ。
このように引退したバッテリーであってもまだ途方もない容量を使用できる。ならばそれも利用すべきだろう。
そして、バッテリーが耐用年数を迎えれば、その製造に使われた原材料の大半を回収することができる。リチウム、ニッケル、コバルト、銅といった貴重な金属の95%以上を取り出すことが可能だ。欧州連合(EU)はすでに、電気自動車用バッテリーのリサイクル可能重量を50%以上とすることを義務づけており、2025年までに65%に引き上げる予定だ。

使い終わったバッテリーを再利用するための工場(写真:UNESCO-UNEVOC / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
しかし、バッテリーパックの標準化が進んでいないというこの現状が、バッテリーのリサイクルを行う上で課題となっている。物理的な構成、電池の種類、電池の化学的性質は多岐にわたる。
再利用に伴う長いサプライチェーン
バッテリーの再利用が絵に描いた餅ではないことは朗報だ。自動車メーカーの日産は、日本の南西に位置する甑島(こしきじま)ですでに再利用を行っている。バッテリーは電気自動車から回収され、劣化状態を評価された後、適切な再利用が行われる。
これらのバッテリーは、太陽光発電所、家庭用非常用電源、倉庫での電動フォークリフトなどに再利用することができる。調査によれば、このようにバッテリーを再利用することで、さらに10年から15年は有効活用できる。これは環境負荷の低減に向けた大きな飛躍である。
では、この計画によって誰が恩恵を受けるのか?その答えには多くのアクターが当てはまる。
まず、電気自動車の所有者は、使用済みバッテリーが高値で売れればすぐに利益を得ることができる。
長期的に見れば、利益を得るアクターは大幅に広がる。家庭は、電力料金が高くなるピーク時に備えてオフピーク時に蓄電池を充電するだけで、より安定した、安価なエネルギーを享受できる。ポルトガルでの取り組みでは、電気自動車の再利用バッテリーをこのように使うことで電気料金を40%削減できたことが示された。
バッテリーの再利用は環境にとっても朗報だ。調査によれば、このようにして新しいバッテリーの需要を減らすことで、バッテリー製造に伴う温室効果ガス排出量を56%も削減できるという。
電気自動車用バッテリーに第二の人生を与え、その後にその素材をリサイクルすることで得られる数多くのメリットは魅力的だ。潜在的な経済的・環境的利益の規模や、そのような仕事によって生み出される無数の雇用を考えれば、バッテリーは電気自動車の中での活躍よりも、その後の再利用でより価値を生むものになるかもしれない。
世界で最もコバルトを産出する国、コンゴ民主共和国:地元のエリートによる支配が世界のバッテリー産業をどのように形成しているのか
《ザ・カンバセーション(The Conversation)の翻訳記事、ラファエル・デバート氏とジェシカ・ディカルロ氏( Raphael Deberdt、Jessica DiCarlo )著(※2)》
鉱物資源に恵まれたコンゴ民主共和国は、エネルギー転換に不可欠な鉱物の獲得競争において、中国、アメリカ、ヨーロッパによる搾取の犠牲者であるかのように描かれることが多い。
しかし我々の調査によれば、コンゴ民主共和国は他の追随を許さない最大のコバルト生産国として、世界のコバルト市場の形成に影響力を持っている。コバルトは非常に重要な金属であり、バッテリーの過熱を抑えてくれる。コバルトは電気自動車の製造において不可欠だ。

コバルトの鉱石として重要な輝コバルト鉱(コバルタイト)(写真:James St. John / Flickr [CC BY 2.0])
中国とコンゴ民主共和国の両国で実施された我々の調査は、コンゴ民主共和国のような周辺国と見られがちな国の政府が、いかに世界の産業に影響を与え、時には決定的な役割を果たすかを明らかにした。
我々の調査結果は、コンゴ民主共和国の零細採掘者(※3)によるコバルト鉱山と工業化されたコバルト鉱山、そして中国のインフラ開発における数ヶ月に及ぶ現地調査に基づいている。また、現地のメディアや政府文書を調べ、法的・行政的決定についても調査を行った。
その結果、コンゴ民主共和国政府による統制が、国・地方を問わず高いレベルにあることがわかった。コンゴ民主共和国の首都キンシャサや、コルウェジのような鉱山地域の政治家による鉱山政策の決定は、世界のバッテリーサプライチェーン全体に及んでいる。例えば、世界のコバルトの70%を生産するコンゴ民主共和国は、世界の電気自動車用バッテリーのサプライチェーンに影響力を持っている。
それにもかかわらず、コンゴ民主共和国はこの影響力を国内の人々のために使っていない。この国の推定で74%の人々が貧困の中で生活を続けている。鉱業収入の一部は政府に流れているが、鉱山周辺に住むコミュニティの日々の生活はほとんど改善されていない。多くの人々が、鉱山やその周辺での貧困、汚染、危険な労働条件に直面し続けている。
中国によるコバルト処理
コバルトがコンゴ民主共和国で最初に採掘されたのは、1885年から1960年まで続いたベルギー植民地時代の最中の1914年である。当時、この国の多くの貴重な資源がベルギーに略奪されていた。
現在、コンゴ民主共和国のコバルトは中国に輸出されている。その量は、世界でリチウムイオン電池(充電可能バッテリー)用の正極に加工されるコバルトの65%を占めている。中国はまた、これらの電池の世界最大の生産国であり、電気自動車産業を支配している。2023年には、世界で販売される自動車の5台に1台が電気自動車となった。
中国では、コバルト精製とバッテリー製造産業が過去20年間で急成長した。中国企業は、先進的な加工技術と大規模な生産設備の開発に多額の投資を行ってきた。

中国の店で売られている大量の携帯電話用バッテリー(写真:Windell Oskay / Flickr [CC BY 2.0])
これらの工場は、コンゴ民主共和国からの未加工のコバルトを高純度のコバルト化合物に変えて、バッテリー正極に組み込む。華友コバルト、CATL、BYDのような中国企業は、コバルト精製とバッテリー生産で世界を牽引しており、世界の電気自動車市場に製品を供給している。
コンゴ民主共和国のコバルト産業への影響力
コンゴ民主共和国の広大なコバルト鉱床を支配しているのは、民間・国営の中国の鉱山会社だが、我々の調査では、コンゴ民主共和国がより広い産業に対して大きな影響力を行使できると結論づけた。
例えば、コンゴ民主共和国政府が2022年、中国が所有する最大のコバルト鉱山からの輸出を金融問題で停止した際、世界のコバルト生産の約10%が一時的に停止した。
より詳しく見ると、コバルトが豊富なコンゴ民主共和国のルアラバ州にフィフィ・マスカ・サイニ州知事が就任した際、前の州知事とカビラ大統領の側近から利益を受けていた中国企業に圧力をかけるため、コバルトを輸送していたトラックを押収した。その結果、中国の事業者は新しい州政府と改めて関係を結ぶことになった。

洗浄処理を経たコバルト(写真:Electronics Watch / Flickr [CC BY-NC 2.0])
地方の政治が生産の停滞を引き起こすこともある。たとえば、中国のコバルト産業は一部のコバルトを零細採掘者から調達しているが、2021年、コンゴ民主共和国の中央政府は、州政府の承認を得ていたにもかかわらず、零細採掘者が採掘する現場からの契約を取り消した。キンシャサは州内で生産される零細採掘者が掘り出すコバルトをまとめて購入する会社の設立を推し進めたが、地方の利害はこのやり方と衝突した。中国の事業者の立場は、その中間に位置することになった。中国側とコンゴ側との長い交渉が続き、中国の会社の立場はキンシャサとコルウェジ双方の政治的意思によって移ろう不安定なものになった。
政府はまた、鉱業契約におけるより良い条件や鉱物の国内加工を推し進めることで、鉱物に対する影響力を行使してきた。例えば、2018年にはコバルトを「戦略的」資源と宣言し、輸出税を3倍に引き上げた。
利益を受け取れない現地
しかし、コンゴ民主共和国がこのセクターに影響力を行使できるにもかかわらず、零細採掘者のような富を生むコバルト産業から利益を得るべき人々がその富の分配を受け取れていない。
現在、コンゴ民主共和国南東部には零細採掘者が従事しているコバルト鉱山が少なくとも67ある。約15万人の零細採掘者がこの産業で働き、危険な状況に直面している。
零細採掘者は崩壊する坑道に埋もれたり、放射性ガスにさらされたりすることもある。

極端な低賃金で危険な労働に従事する鉱山労働者(写真:The International Institute for Environment and Development (IIED) / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、零細採掘者は搾取されており、その収入の最大50%が鉱山労働者の協同組合に徴収される。なお、この協同組合は有力な政治家に牛耳られていることが多い。コンゴ民主共和国で零細採掘者が従事する鉱山では、推定4万人の子どもたちが危険な状況下で労働に従事している。
地方の現実は重要だ
私たちの調査によれば、クリーンエネルギー技術への移行は、単なる科学技術の革新や大国の政治の問題ではない。アフリカの鉱山がある町の地方選挙が世界規模のサプライチェーンを左右する可能性さえあるのだ。
再生可能エネルギーへの移行は世界規模のものである。アメリカや中国のような国々は、コンゴ民主共和国のような生産国を、移行によって地域住民に被害を与えうる原材料の単なる供給国としてではなく、世界的なエネルギー移行のパートナーとして扱う必要がある。そのためには、地域に根ざしたサプライチェーンの構築や、コンゴ民主共和国のコバルトのさらなる加工を含む現地での付加価値の向上、より公正な契約などを支援する必要がある。
特に電気自動車革命が加速する中、コンゴ民主共和国のような鉱物産出地域の、見過ごされがちな声や利益に耳を傾けなければならない。こうした目に見えにくいパワー・ダイナミクスを明らかにすることで、この調査は、よりクリーンなエネルギーの未来に向けて活動する政策立案者、企業、関係する人々にとって役立つ見識を与えてくれる。
※1 この記事は、ザ・カンバセーション(The Conversation)のメヒディ・セイドマフムディアン氏(Mehdi Seyedmahmoudian)、アレックス・ストイチェフスキー氏(Alex Stojcevski)、サード・メヒレフ氏(Saad Mekhilef)の記事「Batteries are the environmental Achilles heel of electric vehicles – unless we repair, reuse and recycle them」を翻訳したものである。この場を借りて、記事を提供してくれたザ・カンバセーションと3名の著者に感謝を申し上げる。
※2 この記事は、ザ・カンバセーション(The Conversation)のラファエル・デバート氏(Raphael Deberdt)、ジェシカ・ディカルロ氏(Jessica DiCarlo)の記事「DRC is the world’s largest producer of cobalt – how control by local elites can shape the global battery industry」を翻訳したものである。この場を借りて、記事を提供してくれたザ・カンバセーションと2名の著者に感謝を申し上げる。
※3 零細採掘者(Artisanal Miners)とは、企業の社員としてではなく個人、あるいは小規模な事業体として採掘を行う労働者を指す。現在世界で4,500万人の零細採掘者がいると推定されており、彼らが世界の鉱山業での労働力のおよそ90%を占めていると考えられている。しかし、零細採掘は危険な労働環境や児童労働、貧困などの問題も引き起こしており、改善が求められている。
ライター:Mehdi Seyedmahmoudian, Alex Stojcevski, Saad Mekhilef, Raphael Deberdt, Jessica DiCarlo
翻訳者:Seita Morimoto
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