世界で最も人命を奪っている感染症はなんだろうか。新型コロナウイルスは記憶に新しいが、マラリア、HIV、コレラ、エボラ熱なども恐ろしい伝染病というイメージがあるかもしれない。感染症の死者数は時期や時代によっても変動するものであり、実際新型コロナウイルスが猛威を振るった2021年を見るとこれが最も人を殺した感染症であった。しかし、より長い目で見ると、結核ほど多くの人命を奪った感染症はないと考えられている。結核による死者数は減少傾向にあるものの、依然として世界で毎年100万人以上が命を落としている。また、そのほとんどがアジアとアフリカに集中している。
世界保健機関(WHO)が2024年に発表した報告書では、2023年に最も人を殺した感染症は結核となっている。この1年間で、およそ1,080万人が結核を発症したと推定されており、約820万人が結核と診断され、125万人が結核により命を落とした。
結核は結核菌によって引き起こされる感染症だ。結核菌は体内の腎臓、脳、脊椎、皮膚など様々なところに付くが、多くは肺に付いて肺結核を引き起こすことが多い。その症状は発熱や咳、血痰、胸の痛みなどであり、治療が行われず重症化すれば命を落とす場合もある。ただ、現在結核に対しては有効な治療法と予防ワクチンが存在しており、高所得国では結核は過去の病気と認識されることも少なくない。それにもかかわらず、結核は今も多くの人々の命を奪い続けている病気だ。なぜ治療法もワクチンもある結核が人命を奪う病気であり続けているのだろうか。この疑問に答えるために、今回はニュースメディア「ザ・カンバセーション(The Conversation)」より、結核について取り上げた記事を2つ紹介する。
1つ目は、2024年10月31日に公開されたトム・ニレンダ氏による「アフリカでの結核:世界報告書は成功を示しているが、ナイジェリアとコンゴ民主共和国は依然として深刻な状況にある」であり、2つ目は、2023年10月30日に公開されたチャールズ・シェイ・ワイソンゲ氏による「結核ワクチン: WHOの専門家が、科学的進展に100年かかった理由と、その意義を説明する」だ。
2つの記事を通して、治療法もワクチンもある結核が未だ多くの命を奪い続けている現状と、その未来について見ていこう。
アフリカでの結核:世界報告書は成功を示しているが、ナイジェリアとコンゴ民主共和国は依然として深刻な状況にある
《ザ・カンバセーション(The Conversation)の翻訳記事、トム・ニレンダ氏( Tom Nyirenda )著(※1)》
世界保健機関(WHO)が発表した「2024年世界結核報告書」は、厳しい現実を明らかにしている。2023年に世界で最も多くの死者数を出した病原体である結核との闘いには、手強い課題が残されている。具体的には、結核の被害を強く被っている国で続く貧困や、影響を受けやすい人々の間での感染率の上昇、未発症の結核患者をすべて発見し治療することの難しさ、そして資金不足などの問題がある。
WHOの報告書は、結核関連の死者数と結核を発症した人々の数の2つの方法で感染状況を測定している。すでに結核菌に感染していた人の中から毎年1,000万人以上の発症者を生み出し、約150万人の命を奪っているこの病気を根絶するためには、まだまだ長い戦いが続く。結核は予防も治療も可能であるにもかかわらず、である。
しかしいい知らせもある。アフリカのいくつかの国では、結核感染率と結核関連死の減少において大きな進展があった。
グローバルヘルスの専門家であるトム・ニレンダ氏が、報告書の重要な発見とメッセージを評価する。
貧困対策が結核に打ち勝つ
2023年には、世界で推定1,080万人が結核に罹患した。その内訳は男性が600万人、女性が360万人、そして子供が130万人である。これは2022年に記録した1,060万人を少し上回る数字である。
結核は、優れた診断方法が確立されており、そして一般的なタイプの結核に対しては効果的な治療法があるため、克服することは可能だ。だが結核との闘いに不可欠である世界的な資金援助は、この病気を食い止めるために必要な規模にはまだ達していない。結核の予防、診断、治療サービスのためにグローバル・パートナーから拠出された資金のうち、これまでに実現したのはわずか26%に過ぎない。
優れた診断ツールや治療法は万能薬ではない。 結核患者の約87%は、世界で結核の被害を強く受けている30の低所得国から発生している。被害を受けている人々の経済的な成長が遅い、あるいは進まないことは、世界が直面し続ける最大の課題のひとつである。

物資とベッドの不足により機能不全に陥っている、結核専用病棟を持つソマリアの病院(写真:UNICEF Ethiopia / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
結核関連死
まず明るい面では、アフリカ地域での結核関連死の減少に進展が見られた。アフリカ大陸では2015年以降、結核関連死が42%減少した。これは6地域の中で最大である。ヨーロッパ地域がこれに続き、同期間に結核による死亡が38%減少した。
結核感染に関しては、WHOのアフリカ地域とヨーロッパ地域が最も進展しており、アフリカでは24%、ヨーロッパでは27%減少した。
アフリカでの成功の主な理由のひとつは、HIV患者の治療が進んだことである。結核はHIV感染者の間で最も一般的な日和見感染症のひとつだからである。(日和見感染症は、免疫力が低下している人ほど頻繁に発症したり、重症化したりする)。
抗レトロウイルス薬によってHIV患者の治療に大きな変化がもたらされる前は、アフリカ大陸では結核とHIVの同時感染率が世界で最も高かった。同時感染した患者の場合、その死亡率は高かった。
ある時期のサハラ以南アフリカの複数の地域では、結核患者のうちHIVにも同時感染していた人の割合は90%にも上ると推定されていた。
抗レトロウイルス薬による同時感染患者の治療は、アフリカ大陸における結核関連の患者数と死者数の減少に大きく貢献している。
一部の国では子ども、そして囚人や避難民のような狭い場所に住む人々など、結核に罹りやすい人々の結核検査を強化している。

2021年3月24日、南アフリカ共和国で行われた世界結核デーの活動の参加者(写真:GovernmentZA / Flickr [CC BY-ND 2.0])
明暗が分かれる感染率
アフリカ地域での成功は国によって異なる。
例えば、ナイジェリアとコンゴ民主共和国は、2023年に世界で結核を発症したと推定される人々の約3分の2を占めている8カ国のうちの2カ国だ。世界の新規患者数のうち、ナイジェリアは4.6%、コンゴ民主共和国は3.1%を占めている。
ここで注目しておくべきことは、両国とも貧困レベルが高く、広大な国土と膨大な人口を抱えており、医療サービスが直面している感染症の問題の規模に比べて限定的であるということだ。
報告される症例数の増加は常に悪いことだとは限らない。症例数の増加は症例発見の改善や診断方法の進歩による場合もある。しかし、(国連のハイレベル協議で定められた)グローバル・ターゲット(※2)の目標達成に向けた動きを維持するためには、警戒を緩めてはならない。
治療を受ける際の障壁
結核患者の家族は収入が減ることに加えて、薬代、結核患者用の特別食、通院費などの費用を負担しなければならないことが多い。
このような出費は、結核患者が治療を拒否することにつながる場合もある。
WHOの世界報告書によると、アフリカの多くの国々で、家族が結核を患った結果、その家族は「壊滅的な総費用」に直面していると推定されている。これは、直接的および間接的な費用が家庭の年間収入の20%以上を占める場合を指す。これらの国々には、ニジェール、ガーナ、ブルキナファソ、タンザニア、南アフリカなどが該当する。

インドで結核治療時の薬剤耐性を防ぐための通院確認に必要な指紋採集を行なっている様子(写真:DIVatUSAID / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
ワクチン開発への道のり
結核に対する唯一のワクチンであるカルメット・ゲラン菌(BCG)ワクチンは、100年以上前から使用されている。このワクチンは5歳以下の子供には広く有効だが、それ以上の年齢層には効果が薄い。また、特定の病状を持つ患者には使用できない。
ワクチンの開発には長い時間と費用がかかる。現在までのところ、研究に必要な資金の5分の1しか集まっていない。
しかし朗報もある。全ての感染症の中で、結核はおそらく最も多くのワクチン候補が開発されており、その数は17に上る。現在、第III相試験の段階にある成人用ワクチン候補が6つある。これらは今後5年以内に使用可能になるかもしれない。
この病気に打ち勝つには、効果的な結核一次予防ワクチンや発症歴がある人に有効な再発予防ワクチン、あるいは結核菌にすでに感染しているがまだ発症していない人に対する治療用ワクチンが必要である。
将来的な脅威
気候変動は、結核からの回復に不可欠な食料の安定供給と栄養状況に影響を及ぼすだろう。そして、これにより結核の感染拡大やパンデミックが引き起こされることも考えられる。
人間の紛争、移民、避難も世界が直面する別の脅威であり、これらは結核の感染対策と治療の妨げとなる。
また、薬剤耐性結核への対策も急務である。
このような脅威に直面する中で、複数のセクターが希少な資源を共有し、意義ある影響をもたらすためにますます協力するようになっている。新型コロナウイルスワクチンがパンデミックと世界的なロックダウンの最中に迅速に開発されたことは、このような協力が良い時も悪い時も可能であることを示している。
なすべきことは?
政府の支援がなければ、結核との戦いに勝利することはできない。国や地域社会が抱える状況はそれぞれ異なる。したがって、地域社会にのしかかる結核の経済的負担を軽減する政策を導入するためには、あらゆる状況において、その地域に関連した経済調査を実施することが不可欠である。これにより得られる情報が根拠となって政策と取り組みが進められていくだろう。何よりもまず、政府が主導して資金を適切に動かすべきだ。

結核予防運動を推進する当時の南アフリカ副大統領デイヴィッド・ダベデ・マブザ氏(写真:GovernmentZA / Flickr [CC BY-ND 2.0])
結核ワクチン: WHOの専門家が、科学的進展に100年かかった理由と、その意義を説明する
《ザ・カンバセーション(The Conversation)の翻訳記事、チャールズ・シェイ・ワイソンゲ氏( Charles Shey Wiysonge )著(※3)》
結核のBCGワクチンは100年前から使用されている。BCGワクチンは、5歳未満の子供にはおおむね有効だが、それ以上の年齢層には効果が薄く、特定の病状を持つ患者には使用できない。今日、私たちはBCGワクチンに代わる、あるいはそれを補完するワクチンの発見に近づいている。WHOの予防接種担当地域アドバイザーを務めるチャールズ・シェイ・ワイソンゲ氏が、世界で最も深刻な病気のひとつとの闘いについての最新の展開について語る。
なぜこれほど時間がかかったのか?
結核の新しいワクチンはまだ完成していない。しかし、今回初めて、いくつかのワクチン候補が臨床開発の発展的な段階に進んでいる。
ワクチン開発には通常数十年を要し、各段階を一歩ずつ進んでいく。実験的なワクチン候補は実験室で作成され、動物での試験を終えた後、徐々に大規模なヒトでの臨床試験に移行する。
臨床試験は、ワクチンを人体に入れるような医療処置で試験を行う研究であり、第1相から第3相まで段階的に行われる。この臨床試験の段階に達した時、そのワクチンは臨床開発中だと言う。
第1相臨床試験は、少人数(通常100人未満)の健康な人を対象に、候補となるワクチンが安全かどうかを評価する、ヒトを使った最初の試験です。
第2相試験は、通常数百人の被験者を対象に行われ、候補のワクチンが免疫反応を起こすかどうかを評価する。
第3相試験では、ワクチンの有効性と安全性を評価するために数千人の被験者を対象に行われる。第3相の結核ワクチン試験が現在、ガボン、ケニア、ロシア、南アフリカ、タンザニア、ウガンダで実施されている。
新しい結核ワクチンが広く規制当局に承認されるまでにまだ3年はかかるとしても、科学界はワクチンが使用可能になったときにすぐに使用するための準備を行うために、そしてその新しいワクチンを一般の人々が受け入れられるよう情報を提供するために、今できることは多くある。
結核ワクチンの開発は非常に難しい。結核の病原菌は複雑で、ヒトの免疫システムを回避することに長けている。私たちはまだ、この細菌を適切に狙う方法や、免疫を促進させるためにどのような免疫反応が必要なのかを完全に理解しているわけではない。しかし、興味深いアプローチがいくつか進行中であり、手がかりとなる臨床試験からの有望なデータも出てきている。

バングラデシュの首都ダッカの結核病院でワクチンの接種を受ける男性(写真:en:United States Agency for International Development / Wikimedia commons [public domain])
なぜ新しい結核ワクチンが必要なのか?
結核は世界的な保健上の緊急事態だ。現在、約20億人が結核菌に感染している。そのうち5%から10%が発症しており、結核菌を感染させる可能性がある。
2021年には約1,060万人が結核を発症し、160万人が死亡した。新しく改良されたワクチンを含め、結核と闘うための新しい手段が早急に必要とされている。
BCGワクチンは、数千万人の命を救ってきた。このワクチンは5歳未満の小児に有効であり、結核による死亡や重症化を防ぐのに役立つ。
このワクチンは、青年や成人の肺結核(肺で症状を引き起こす結核)に対する予防効果にはばらつきがある。結核の感染は主に肺結核により起こる。結核を食い止め、新生児を含むすべての人への感染を減らすためには、青年や成人の肺結核の予防に有効な、新しく改良されたワクチンが不可欠だ。
結核はHIV感染者の死亡原因第1位である。HIV感染者は、HIVに感染していない人に比べ、結核を発症するリスクが20倍も高い。現在のBCGワクチンは、安全上の理由からHIV感染者への使用は推奨されていない。BCGは免疫能力のある乳児(免疫系が正常に働いている乳児)には安全なワクチンだが、HIVに感染した乳児ではBCG接種後に重篤な有害事象が起こる可能性がある。
これらの有害事象には、まれではあるが、播種性BCG症として知られる生命を脅かす疾患が含まれる。しかし、新しい結核ワクチン候補が開発されており、これがHIV感染者に臨床的有用性をもたらすと評価されつつある。
BCGワクチンの効果は?
BCGワクチンは、世界中で毎年1億人以上の子どもたちに、出生時または出生後すぐに接種されている。BCGの効果は、その地域の結核の流行状況、使用したBCGワクチンの種類、BCGを接種した年齢など、いくつかの要因で変化する。
いくつかの研究で、BCGの効果は思春期に近づくにつれて弱まることが示されている。結核に感染しても気づかないこともある。

日本でBCGワクチンを接種するときに使われる管針(写真:Y tambe / Wikimedia commons [CC BY-SA 3.0])
BCGワクチンはどうなるのか?
代替ワクチンの安全性と有効性に関する説得力のあるデータが出ない限り、BCGワクチンが他の結核ワクチンに取って代わられることはないだろう。現在臨床試験が進んでいるワクチンのほとんどは、青年や成人を対象に試験が行われている。BCGに取って代わるには、新生児における安全性と有効性が証明される必要がある。
加えて、BCGワクチン接種には、死亡率全体に対する非特異的な有益作用があり、結核の予防のみでは説明がつかないほど小児の死亡率を減少させている。従って、BCGが使用され続ける可能性は大いにある。
結核との戦いにおける新しいワクチンの意義
新しいワクチンの意義は、その臨床試験データが何を示すかによる。最も重要なことは、どの新しいワクチンも安全である必要があり、リスクにさらされている人々に明確な臨床的利益をもたらす必要があるということだ。開発中の結核ワクチン候補が、結核感染、結核症状、結核伝染を減少させる効果を持ち、結核との闘いに有用な手段の組み合わせの一部になることを願っている。
※1 この記事は、ザ・カンバセーション(The Conversation)のトム・ニレンダ氏( Tom Nyirenda )の記事「TB in Africa: global report shows successes, but Nigeria and DRC remain important hotspots」を翻訳したものである。この場を借りて、記事を提供してくれたザ・カンバセーションと著者のニレンダ氏に感謝を申し上げる。
※2 ここでいうグローバル・ターゲットとは、2023年に開かれた結核に関する国連ハイレベル会合において定められた2027年までに達成すべき目標のことである。この目標には治療や予防、診断だけではなく、その実現やさらなる研究のための投資などの項目も含まれている。
※3 この記事は、ザ・カンバセーション(The Conversation)のチャールズ・シェイ・ワイソンゲ氏 Charles Shey Wiysonge の記事「TB vaccine: WHO expert explains why it’s taken 100 years for a scientific breakthrough, and why it’s such a big deal」を翻訳したものである。この場を借りて、記事を提供してくれたザ・カンバセーションと著者のワイソンゲ氏に感謝を申し上げる。
ライター:Tom Nyirenda, Charles Shey Wiysonge
翻訳者:Seita Morimoto
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