シンガポールにおける砂問題

by | 2025年05月1日 | Global View, アジア, テクノロジー, 環境, 農業・天然資源

世界は今、「砂危機」に直面している。国連環境計画が2022年に発表した報告書によると、砂の採取量は毎年約6%増加しており、この割合は持続不可能であるそうだ。砂は地球上にありふれているようにみえるかもしれないが、実は地球上で水に次いで2番目に多く使用される資源であり、石油や石炭と同様に有限な資源である。GNV2017年の記事では「砂の争奪戦」として、砂の消費による環境破壊と砂の違法採掘や違法販売を行う砂マフィアについて取り上げた。

近年、砂を巡る問題に関して注目されているのは、東南アジアに位置するシンガポールである。実は、シンガポールは、一人当たりの砂の輸入量で世界最大のである。本記事では、前回の記事に新たな情報を加えると共に、シンガポールの砂を巡る問題について掘り下げる。

建設用の砂(写真:Lio Voo / Pexels[Pexels license])

砂資源の利用の実態

世界では毎年400〜500億トンの砂や砂利が採掘されていると報告されている。この大量の砂の需要はどこから生じているのだろうか。実は、砂は建築材料として広く使用され、コンクリート、アスファルト、ガラスなどに利用される。例えば、住宅・インフラの建設に使用されるコンクリートは、砂・セメント・砂利を水で混ぜて作るため、大規模建設に際しては大量の砂を必要とする。一方で、砂は小さな製品の原料としても用いられる。例えば、金属鋳物、スマートフォンのスクリーンやマイクロチップ、洗剤、歯磨き粉、化粧品まで、砂はあらゆるものに使用されているのだ。

大量に砂が消費されている主な原因として、急激に進む都市化が挙げられる。現在、世界人口の半分以上が都市部に住んでいる。1950年の約3分の1から増加し、2050年には約3分の2に到達すると予測されている。インドでは、2000年から2017年の間に、建設用の砂の年間使用量が3倍以上に増え、中国が使用した砂の量も急速に増加している。

また、砂資源の利用の実態として、興味深い例がアラブ首長国連邦である。特にドバイにおける都市化のための人工島群や超高層ビルの建設、海の埋め立てや海岸の拡張のための砂の使用は甚大であり、大量の砂をサウジアラビア、エジプト、ベルギーなどから輸入している。国土の大部分が砂漠地帯であるアラブ首長国連邦が大量の砂を輸入する背景には、砂漠の砂が建設利用に適さないという理由がある。砂漠の砂は、長期間風に晒されることで丸みを帯び、凹凸がなくなってしまっている。この砂漠の砂とセメントは結合しにくく、建設のために使用されるコンクリートの製造に適さないのである。

では、建設用の砂はどこから採取しているのだろうか。コンクリート製造のために必要な砂は砂漠の砂のようなサラサラな砂ではなく、角張った砂である。そのため、河床、河岸、氾濫原、湖沼、海岸などから採取しているが、多くの場合、河川から採掘される。その理由は、海砂には鉄筋を腐食しやすくする塩化物が多く含まれ、時間の経過とともに建築物の構造に深刻な劣化を引き起こす可能性が指摘されているからである。また、川の砂は、吸引ポンプやバケツで砂粒を引き上げ、ボートで運ぶことが容易であるのも一因である。

砂の違法採掘、カンボジア(写真:Wikirictor / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])

砂採取による様々な影響

実際、多くの砂が川底から取り出されており、この作業を専門用語で「浚渫」と言う。この作業は、地形を変化させ、川や湖の水位を変化させる。つまり、砂が担っている自然の役割が崩壊し、侵食や洪水が起こりやすくなり、環境に甚大な影響を与えるのである。これに伴い、河川に生息する魚類、無脊椎動物、そして植物の生息地が奪われ、生態系にも影響を及ぼしている。特に、東南アジア地域では、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの5か国と中国を流れるメコン川の生物多様性への影響が懸念されている。このような環境被害に伴い、漁業と農業への影響も問題視され、何百万人もの人々の生活を破壊するとも予測されている。

前章で、海の砂はコンクリートには適さないことを述べたが、大規模な埋め立て事業を行うためには、海底からの浚渫が行われている。海における環境被害としては、浚渫した砂の堆積物の雲が発生することで、近くのサンゴ礁に堆積したり、水を濁らせたりする可能性がある。

砂の過剰採掘は、アジア・アフリカ・アメリカなど、様々な地域で行われており、甚大な環境被害を及ぼしている。具体的には、インドのパンゴン湖やインドネシアでの島の消失、そして前章で言及したメコン川などが砂採取の危機にさらされている事例として挙げられる。

拡大するシンガポール

ここまでは、世界規模での砂を巡る実態や影響を確認してきた。ここからは、2019年までの20年間で5億トン以上の砂を輸入したとされるシンガポールについて、歴史を概観し、近年の動向についても紹介する。

シンガポールは、マレー半島の最南端に位置する東南アジア屈指の経済力を持つ港湾都市国家である。港を設置するのに適した島として目をつけたイギリスによって、1820年代に植民地化された。1957年にイギリスから独立していたマラヤ連邦の領土拡大に伴い、1963年には北ボルネオとサラワク、現在のシンガポールが加えられ、マレーシア連邦として成立した。ここでは、マレー人を優遇する政策が進められ、中国系住民の多いシンガポールはこれに反発し、摩擦が生じていた。また、シンガポールは経済的にマレーシアよりも発展しており、政治的な問題でも対立が激化していた。その結果、1965年にマレーシア連邦から追放され、やむなく分離独立し、単独の主権国家となった。

その後、シンガポールは1960年代以降、経済事業の多角化によって目覚ましい経済成長を遂げてきた。その裏側では、丘陵を切り崩し、本島の内外を平らにするための埋め立て事業が開始されていた。本島の拡大の他にその他の島をつなげるなどして、シンガポールの陸地面積は拡大していった。島々は製造業から観光業、外国投資に至るまで、経済の主要セクターを支えるために再開発されてきた。つまり、拡張や再開発によって、多くの島々は変貌を遂げ、その島々に居住する人々に多大なる影響を与えたのである。

例えば、本島の8キロメートル南に位置するセマカウ島は1960年代には漁業、バナナやタピオカなどの農作物の収穫、サンゴの収集と販売で生計を立てていたマレー人とマレー半島の先住少数民族であるオラン・アスリが居住していた。その後、石油タンク基地や石油精製所が建設され、島に住む人々は、技術者として働いた。石油化学産業は、電子機器製造業と並んでシンガポールの初期の経済発展を支えたのである。1970年代には、安定した収入を求めて故郷の島を離れ、他の島やシンガポール本土などの工業地帯で働く人もいれば、島の用途変更のために立ち退きを迫られた人もいた。現在は無人島となり、ごみ埋め立て所としての機能を果たしている。

このような埋め立て事業だけでなく、インフラ設備やビルの建設のためのコンクリート需要の高まりによって、2016年には、年間で3,860万トンの砂が輸入された。2026年に全面開通予定のSMRTトレインズが運営する環状線のプロジェクトや、マリーナベイ・サンズとリゾート・ワールド・セントーサなどの統合型リゾート施設の建設など、砂の利用は多岐に渡っている。

多くの埋め立て事業が実施された結果、独立前の1959年には585平方キロメートルだった国土は、2022年には724 平方キロメートルにまで拡大した。つまり、国土が24%増加している。さらなる拡大が計画されており、2023年には、ロングアイランド計画という800ヘクタールの土地を埋め立てるプロジェクトの実施が発表された。2024年からは技術的研究が開始されており、気候変動で海面が4メートルから5メートル上昇する可能性が指摘された。低地にあるシンガポールの海岸線が脅かされる懸念から、2030年代の建設事業開始が目指されている。

埋立地に建設されるマリーナベイ・サンズのリゾート、シンガポール(写真:Choo Yut Shing / Flickr[CC BY-NC-SA 2.0])

周辺諸国への影響と規制による密輸問題の発生

シンガポールは、埋め立て事業やインフラ建設のために大量の砂を必要としてきた。そして、この過程で必要な膨大な量の砂は、国内では採取不可能であるため、そのほとんどを東南アジア近隣諸国であるインドネシア、マレーシア、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなどの国から輸入している。

しかし、砂の採掘は各国で様々な問題を引き起こしている。例えば、2007年にインドネシア政府は、26の島が消失したと報告した。小さな島々は大きな島々を嵐や津波から守る天然の防波堤の役割を果たしているというでも、この問題は非常に重大だといえるだろう。また、スマトラ島リアウ州では、海砂の無制限な輸出によって海水が濁り、砂浜は縮小し、大規模な島の侵食が進んでいる。また、ジャワ島西部バンテン州では、砂の採掘によって海岸線が侵食され、サンゴ礁が破壊された。これらの環境被害は砂の採掘によるものであり、採取された砂の多くがシンガポールに輸出されている。

このような環境被害が原因で対策をとる国が現れた。マレーシアは環境保護のため、1997 年に砂の輸出を禁止した。2003年にはインドネシアも砂の輸出を禁止し、これはシンガポールに対する特有の処置であったとされている。この禁止措置は、シンガポールとの海上国境線に位置するニパ島が満潮時に水面下に沈むほど激しく浚渫されたということをきっかけに実施されたと言われている。

これを受け、シンガポールでは「砂危機」が発生し、建設活動がほぼ停止した。しかし、シンガポールの砂の需要は留まることを知らず、政府は、備蓄を強化した後、ベトナム、カンボジア、フィリピン、ミャンマーの請負業者と下請け業者のネットワークを通じて砂の輸入を開始した。その後、これらの国にも影響が及び、ベトナムは2009年、カンボジアは2017年に砂の輸出を禁止するに至った。

マレーシアの海辺にある漁船(写真:Bernard Spragg / Flickr[CC0 1.0])

環境問題だけでなく、GNVの過去の記事で取り上げたインドにおける砂の違法採掘や販売などの密輸問題も、シンガポールの砂を巡る問題として報告されている。例えば、2008年にシンガポール政府はマレーシアから300万トンの砂を輸入したと主張したが、マレーシア政府によると、実際マレーシアからシンガポールに渡った砂は13,300万トンに上る。その大半は密輸されたという。マレーシアのザ・スター紙などの調査を通じて密輸の実態は度々報告されてきた。このような違法な砂の採取と輸出はインドネシアにおいても報告されてきた。

一方で、2023年にインドネシアのシンガポールへの砂の輸出の禁止措置は、20年以上の禁止期間を経て、当時のジョコ・ウィドド大統領率いる政府によって解除された。その背景には世界的な需要の高まりがあり、解除することで国家収入の増加と雇用機会の創出が見込まれ、経済発展に寄与するという思惑が考えられる。しかしながら、批評家や研究者たちは、輸出再開の決定に対して抗議し、環境と社会に長期的な脅威をもたらすと主張している。

地域全体を捉えた砂問題の対策

このような影響が懸念されている一方で、シンガポールの砂需要は継続しており、政府は、2030年までに独立時の領土の30%に相当する面積分だけ国土を拡張することを目標としている。しかし、砂の輸出を限定的に認めていたマレーシアは、2018年に海砂の輸出を全面禁止した。

この事態に際し、シンガポールは砂問題についてどのような対策を講じているのだろうか。まず、シンガポール政府は密輸の取り締まりを強化するといった声明を出している。2019年、シンガポールの国家開発省(MND)は、砂の輸入に関して厳しい基準を設けたとした上で、供給業者は 「合法的に許可された地域から砂を調達し、供給元の国のすべての環境法を遵守しなければならない 」と述べた。2021年にもシンガポール政府は記者のインタビューに応じ、シンガポールへの違法な砂の密輸の証拠はなく、違法な砂の密輸に関するすべての報告を調査し、必要に応じて違法な輸入業者に対して強制措置をとると答えている。

セントーサ島での埋め立て事業(写真:Ria Tan / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

しかしながら、マレーシアが全面禁止令を出した後もなお、毎年採取される砂の量は膨大であることが2023年に報じられている。しかし、シンガポールが求めている砂はどこから輸入するのかについてまだまだ疑問が残る。インドネシアの砂の輸出禁止令が解除されたとしても、シンガポールの砂の輸入先を多様化することが求められている。

一方で、シンガポールの経済的な豊かさを踏まえると、マレーシアやインドネシアなどの周辺国は、短期的利益のために資源である砂を手放すという選択を迫られているとも言えるだろう。砂の輸出入に関する国連による規制等は存在せず、シンガポールは他国での環境被害を考慮せず、自国のルールに従って、自らの都合で行動しているといえる。

よって、国際的な枠組みが求められると同時に、東南アジア諸国連合(ASEAN)などによる地域での枠組みによる規制が必要であるとの見方がある。砂の消費量に関するデータの整備や、透明性の向上に加え、河川砂採掘に関する統一課税の導入などに関する提案があがっている。一方で、現状のASEANには、それを実施するための基礎的なガバナンス体制が整っていないことも指摘され、課題は山積しているのが現状である。

ある研究においては、協調的な砂生産税が、砂の採掘を大幅に削減に寄与すると同時に、砂の輸入国にとっての経済コストも小さく、輸出国にとってはわずかにプラスとなることが示され、新たな政策実施アプローチとして、「砂採掘許可証取引制度」が提案されている。このような提案が採用されれば、輸入国の経済成長と輸出国の経済発展の持続的な均衡に貢献することが可能であろう。

シンガポールの建設現場(写真:Paul Joseph Rio Daza / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

砂の代替品も

シンガポールで実施予定、又は実施中のプロジェクトでは、砂の需要を減らすさまざまな取り組みが行われている。例えば、2040年までに開幕する予定のチュアス港プロジェクトでは、サッカー場383面に相当する面積を埋め立てるため、8,800万立方メートルの資材が使用される予定だ。シンガポール海事港湾庁(MPA)は、従来の川や海の底から採掘される砂以外の様々な資源から得た資材も活用し、土地を埋め立てていることを述べた。

また、砂の需要を削減するために注目されているのが、締切排水工法と呼ばれるオランダが開発した砂の必要性を減らす技術である。水中や地中を鋼矢板などで締切を行い、浸透水を集水場所へ誘導し、ポンプで排水する工法である。この方法によって、砂の量と建設コストを40%削減できると期待されている。この工法はすでにテコン島の埋め立て工事で使用されている。国民向けに公営住宅を提供している機関である住宅開発庁(HDB)は現在、シンガポールに更に適した干拓技術を模索している。

建設のために使用される砂の代替品として挙げられているのが、3D プリントコンクリートである。このコンクリートはガラス廃棄物を使用して作られるため、砂の消費量を抑えることが期待されている。また、建設残土のリサイクルやブラジルの鉄鉱石採掘大手ヴァーレが2023年に100万トン生産した鉱石を加工して得られる人工砂オレ・サンドは注目に値するだろう。インドネシアは金属の採掘セクターが大規模であるため、同様の方法で人工砂を生産できるのではないかと期待されている。

前述のように、埋め立てのための新しい技術や、砂の需要を少なくすることができる土地の拡張方法が開発されている。その一方で、砂が他の資材や形態を強化する必要不可欠なものである以上、大量の砂を確保することは未だ重要である。シンガポールは、気候変動の適応策として埋立事業を掲げているが、代替品の提案など努力義務が課されるのは、輸出側である周辺諸国になってしまう傾向にある。そのため、輸入側であるシンガポールを規制するような政策が重要になってくるであろう。

 

ライター:Lynn Sugita

グラフィック:Ayane Ishida

 

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