USAIDの解体と世界のメディア

by | 2025年03月13日 | News View, 世界, 北中アメリカ, 報道・言論, 政治

2025年1月、ドナルド・トランプ米大統領は、対外援助をほぼ全面的に90日間凍結するよう命じた。政権側は、援助を担当する独立政府機関、米国国際開発庁(USAID)の活動には資金の無駄遣いが多い上に、その活動はアメリカの国益に合致していないものも多いと非難した。その後法廷で争われたが、凍結命令の6週間後、国務長官はUSAIDプログラムの83%を削減すると発表した。

援助の凍結は緊急保健援助や食糧援助などを含む世界中の援助プログラムに対して即座に生命を脅かすような影響を及ぼすとして、幅広い懸念と批判を呼んだ。しかし、USAIDの活動を見直すことが重要だという意見には同意する者もいる。このような人たちは長期的な目線で見たときのUSAIDの問題点を指摘している。たとえば、アメリカのメディアに掲載されたオピニオンではUSAIDが「政権交代工作、選挙干渉、世界各国の不安定化の道具として機能してきた」というような主張もみられる。

報道業界への影響も議論の一部となった。2025年2月、トランプ氏はUSAIDがアメリカの報道機関に資金を提供していたことを示唆した。この主張は虚偽であるとして多くの報道機関に否定されたが、USAIDは確かに世界中の報道機関に多額の援助を行ってきた。しかし、外国の報道機関に資金提供している政府機関はUSAIDだけではない。他の政府機関も世界のメディア環境に積極的に関与している。

本記事では、2025年のUSAIDをめぐる一連の流れに関する日本のメディアによる報道を簡単にみながら、アメリカ政府が世界中の報道機関にどのように資金を提供してきたか、そしてそれがどのような影響を与えたかを探る。

USAIDの支援物資(写真:US Department of Agriculture / Flickr[CC BY 2.0])

USAIDの資金凍結に関する日本の報道

日本のメディアは、トランプ政権のUSAIDに関する行動に対して一定程度の関心を示し、大手新聞はこのテーマに関する記事をいくつか掲載した。2025年1月に対外援助凍結が初めて発表されてから、3月に大半の援助削減が決定されるまでの間に、朝日新聞はこのテーマに関する記事を11本掲載した。読売新聞と毎日新聞はそれぞれ8本の記事を載せた。

トランプ政権が下した決定とそれに対する対応を取り上げる以外に、記事は主に世界中の人道的プロジェクトに与えるダメージに焦点を当てた。例えば、援助凍結が難民支援、地雷除去活動、慢性疾患患者の治療などのプロジェクトにどのような影響を与えるかについて論じた記事があった。朝日新聞は、USAIDの解体を「人類の悲劇」と呼んだニコラス・クリストフ氏による感情的なニューヨーク・タイムズのコラムを翻訳し、転載した。

この焦点はもちろん重要だ。援助凍結の決定が人道活動に与える影響は重大であり、かつ即時的に負の影響が現れた。しかし、USAIDがこれまで何を目指してどのような活動をしてきたのか、そしてそのような援助に関連する問題は何なのかという、より広範な文脈もまた重要である。USAIDの資金凍結と解体をテーマとした記事では、USAIDの政治的活動や、アメリカの国益を促進するためにUSAIDがどのように機能してきたか、その歴史の負の側面についての言及はほとんどなかった。

人道支援以外のUSAIDの活動に関する報道としては、毎日新聞の社説(2025年3月2日)に含まれていた「USAIDは途上国などの民主化支援という米外交戦略も担ってきた」というこの一言程度しか大手新聞に発見できなかった。民主主義に対する比較的中立的な支援は確かにUSAIDが行ってきたことの一部ではあるが、1961年の設立以来の活動には別の暗い側面もある。例えば冷戦時代、USAIDはアメリカ政府に友好的な権威主義政権に様々な支援を行ってきた。また、USAIDはアメリカ中央情報局(CIA)と協力して、ラテンアメリカのアメリカに友好的な政権の警察官や治安要員に拷問技術を教えていた。

イスラエルとパレスチナとの間の壁に描かれたUSAIDを批判する落書き(写真:Asim Bharwani / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

近年では、「民主主義支援」という概念は多くの場合、選挙干渉を行うこと、あるいは政権交代工作に加担することを意味し、アメリカに友好的でないとみなされる指導者を転覆させることを指す。例えば2000年のセルビアの選挙では、USAIDは政治コンサルタントや野党の選挙支援に多くの資金を提供し、反政府落書き用のスプレー缶5,000本と反政府スローガンのステッカー250万枚を配った。キューバでは2010年、USAIDは政府に対する政治的デモを誘発する長期的な目的で、密かにSNSプラットフォームの導入を試みた。 一方、アメリカに友好的な権威主義体制の国々における本格的な民主主義支援や政権転覆に割り当てられたUSAIDの支援は、見つけるのが難しい。

USAIDと報道機関

USAIDの活動のひとつに、外国の報道機関やジャーナリストへの支援がある。日本のメディアは、USAIDと報道機関とのつながりについての議論を限定的に報道したが、その内容はむしろ両者のつながりを否定するものだった。トランプ氏を含む政権関係者は、USAIDがポリティコやニューヨーク・タイムズといったアメリカの報道機関に資金を提供していたと主張したが、それを取り上げた日本の大手新聞はそのような事実はないと否定する記事を掲載した。また、イギリスのBBCや日本の多くの報道機関なども資金提供を受けているというSNS上の噂を否定し、「根拠のない主張」や「陰謀論」と呼んだ。日本の新聞各社は、自分たちがUSAIDから資金提供を受けていたという噂を否定する記事を出している。

なお、日本のメディアは自社がUSAIDの資金提供を受けているという主張は否定したが、USAIDが世界中の多くの報道機関に資金を提供し、大きな役割を果たしてきたという事実については報道しなかった。毎日新聞はある記事で、USAIDが「専制的な国で独立系メディアの援助も行ってきた」と述べただけで、それ以上の詳細は伝えていない。朝日新聞と読売新聞は、USAIDによる世界中の報道機関への資金援助の存在には触れていない。

実際、国境なき記者団(RSF)が引用したUSAIDのファクトシート(現在はUSAIDのウェブサイトから削除されている)には、「2023年、USAIDは6,200人のジャーナリストに訓練と資金を提供し、707の非国営の報道機関を支援した」と記されている。さらに、2025年に議会から割り当てられた対外援助予算には、「独立したメディアと情報の自由な流れ」を支援するための資金約2億7,000万米ドルが含まれていた。アメリカの援助凍結を受けて、この援助に依存している世界中の多くの報道機関は、人員削減を余儀なくされ、「生き残るために必死」になっているという見解もある。

インターニュース経由でUSAIDの支援を受けたジャーナリストによる取材の様子、インドネシア(写真:USAID / Flickr[CC BY-NC 2.0])

独立系メディア?

外国の報道機関に対するアメリカの援助の多くは、アメリカに拠点を置く仲介メディア組織を通じて分配される。これらの組織はUSAIDから受けた資金で他国の報道機関に資金や研修を提供するなどの形で援助を行なっている。たとえば、インターニュースは100カ国以上で数千の報道機関とジャーナリストを支援してきた非営利メディア組織である。 この組織は1980年代の設立当初からUSAIDからの資金援助に大きく依存してきた。組織犯罪・汚職報道プロジェクト(OCCRP)もまた、世界中のジャーナリズムを支援する大規模な仲介メディア組織である。こちらもUSAIDからの資金援助に端を発し、その後、年間2,000万米ドル以上の予算で運営されるまでに成長した。その約半分はUSAIDとその他のアメリカ政府機関から提供されている。

インターニュースとOCCRPは、USAIDやその他の政府資金に大きく依存しているが、実施するプロジェクトや支援する報道機関は編集の独立性を保っており、ドナーの影響を受けていないと主張している。

しかし、こうした主張は、USAIDが支援する報道機関の活動に影響力を持たないことを必ずしも意味しない。たとえば、USAIDの資金で実施されるプロジェクトでは、USAIDは上級職員の人事と年間作業計画を承認する権限を持つ。たとえUSAIDが人事や計画を却下しなくても、報道機関や仲介する組織はアメリカ政府の利益に一致するように計画を立てるかもしれない。OCCRPを通じてUSAIDの援助資金を受けているボスニアのある報道機関の代表者はインタビューで、「アメリカ政府から資金援助を受けている場合、追及しないトピックがある。アメリカ政府には他の何よりも優先する利害関係があるためだ」と述べた。

USAIDによる直接的な影響力の実際の程度は不明だが、アメリカ政府と仲介する組織や報道機関の利害が一致していれば、日々の影響力はそれほど重要ではないだろう。たとえばインターニュースの創設者のひとりは、早くからこの組織が「政府から資金を得ることを中心に組織を構成し始めていた」ことを見抜いており、それがアメリカの「政治的利益」とインターニュースの間に「交差点」を生み出しているという。

USAIDの支援を受けたウクライナの報道機関(ウクラインスカ・プラブダ)の編集長(写真:Casa de America / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

USAIDが、アメリカの国益につながる場所や手法を用いるプロジェクトに多額の資金を提供する傾向が強いことは想像に難くない。例えば、OCCRPの活動の中で、アメリカの企業に関連した不祥事を暴露しているものはほとんどない。一方で、USAIDは多くのウクライナの報道機関に多額の資金を提供している。これらの資金提供の契約書のなかには、特定の政治的目的が記載されているものもある。たとえば、欧米メディアで流通する英語コンテンツを制作しているウクライナのある報道機関は、2021年にインターニュースを通じてUSAIDから資金提供を受け取っており、その目的には「ロシアの情報工作を弱体化させる」、「ウクライナとの連帯に対する国際的支援を強化する」といった内容が契約書に含まれていたようだ。

報道機関がドナーに大きく依存している場合、果たしてどこまでが「独立系メディア」と呼べるのだろうか。

その他の影響

USAIDの規模縮小は、アメリカ政府が自国の利益に沿った情報を世界に発信する能力の終焉を意味しているわけではない。アメリカ政府には、世界のメディア環境に影響を与える手段がいくつもある。たとえば、米国グローバルメディア局(USAGM)は、独自の報道機関を所有する独立政府機関である。USAGMはボイス・オブ・アメリカ(VOA)とキューバ放送事務局という2つの報道機関を運営しており、ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティー、ラジオ・フリー・アジア、中東放送ネットワーク、オープン・テクノロジー・ファンドという4つの報道機関に資金提供をしている。USAGMはこれらを通じて、合わせて64の言語で4億人以上のユーザーにコンテンツを提供している。

USAGMは編集の独立性を主張しているが、その編集方針と声明はアメリカの外交政策との強い連携を反映している。ウェブサイトでは、「番組決定はアメリカの国益を反映する」ことを「保証する」と述べている。さらに別の文書では、「中華人民共和国、ロシア、イラン、その他の権威主義体制、非国家主体による悪質な影響と闘うことを約束する」と述べている。トランプ政権は、USAGMへの資金提供を再検討しており、この組織への資金提供を削減し、管理を強化することを検討している可能性がある。

ボイス・オブ・アメリカ(VOA)本部(写真:Rhododendrites / Wikimedia Commons[CC BY 2.0])

米軍がメディア関連の組織でないことは確かだが、軍がメディアを通じて外国に影響を与えようとする試みも長い間行われてきた。2001年のアフガニスタンや2003年のイラクなどで米軍が侵攻し占領したとき、米軍はメディア関連のインフラ、報道機関、ニュース番組を作るために請負業者を雇い、主に占領軍を肯定的にとらえるような情報を住民に提供していた。このようなプロジェクトではUSAIDと協力することもあった。また、現地の報道機関に報酬を支払って、親米的なニュース記事を掲載させる活動も行った。そのなかには、現地の民間人が書いたと見せかけ、実際は米兵が書いたというものもあったという。また、米軍は外国の住民や指導者に影響を与えるために、報道機関以外にも多くの心理作戦を駆使してきた。

CIAはまた、世界中のメディアに偽情報やプロパガンダを含めた記事を報道機関に報じさせてきた実績もある。1970年代に明るみに出たこのような大規模な情報工作では、CIAは世界中の報道機関に諜報員を潜入させ、あるいはジャーナリストにも金を払って、CIA発の内容を新聞記事やテレビ報道に流していた

さらに、公式には政府機関ではないが、アメリカ政府から直接資金提供を受け、外国メディアの運営を支援している組織もある。例えば、全米民主主義基金(NED)は非営利団体だが、アメリカ政府と密接な関係にある。NEDの共同設立者は1991年に、「今日われわれが行っていることの多くは、25年前にCIAによって秘密裏に行われたものだ」と述べたほどである。NEDの名前は「民主主義」のために活動していることを示唆しているが、民主主義の水準というよりも、アメリカ政府と敵対しているか否かに基づいて、その国にどのように支援をするかを決めているように見える。NEDは外国で選挙干渉に加担してきた長い歴史があり、メディア支援もその一環である。USAGMと同様、NEDもトランプ政権下で資金削減の可能性に直面している。

インターニュース・USAIDによるメディアリテラシー研修の様子、カザフスタン(写真:USAID Central Asia / Flickr[CC BY-ND 2.0])

まとめ

USAIDやメディア支援に関わるその他の機関を対象とした突然の資金凍結および削減は、一見すると無駄な支出を削減するための措置に見えるかもしれない。しかし、それはアメリカ政府内の権力と支配の再編成の一貫と捉えることもできる。トランプ政権は、USAIDのような時の政権からある程度自律していた組織の活動を、より直接的に政権の管理下に置こうとしているという指摘もある。

当初から、このような対外援助や世界中の報道機関への支援は単に慈善事業として、あるいは世界中の民主主義と報道の自由を促進するために行われてきたわけではない。トランプ政権は、これらのプログラムがアメリカの国益を促進するために設計されたものであり、そしてこれらの組織が強大な影響力を行使できることを認識しているはずだ。現段階では、このような援助活動がどのように再構成されるかは不明である。

いずれにしろ、世界のメディア環境を形成するうえでアメリカが発揮している力は、前述したメディア支援プログラムにとどまらない。より一般的なレベルでは、報道機関は権力の座にある人物や国に注目する傾向にあるため、アメリカの行動や視点は世界中の報道機関に大きく反映される。以前のGNVの記事では、この背後にあるメカニズムについて論じた。さらにこの影響力はアメリカ政府だけではなく、アメリカの主要な報道機関も行使することがある。例えば、GNVの別の記事でも、ニューヨーク・タイムズ紙による国際報道は日本の報道機関による国際報道に影響を与えていることを明らかにしている。

アメリカの対外援助削減をめぐる一連の出来事について今回は報道機関に注目したが、国際関係や格差などの他の諸問題について考える機会にもなっている。日本のメディアが今後、このような出来事をより批判的に捉え、より広い観点から疑問を提起できるような報道を行うことが望まれる。

 

ライター:Virgil Hawkins

 

1 Comment

  1. Anonymous

    「ヤクザの炊き出し」は正義か?

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