近年、合成カンナビノイド、通称「スパイス」(※1)の台頭により、公衆衛生上の危険性が増している。特に中央ヨーロッパの状況は危機的と言える。ヴィシェグラード4カ国(V4)と呼ばれるハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアの街角では、薬物による一連の副作用により、恍惚・混乱状態にある人々を見かけることも珍しくない。そしてそのような状況は近年ますます悪化している。
これらの物質は当初、大麻の合法的代替品として販売されていた。しかし合成物質が天然麻薬よりもはるかに危険であることがわかってきた。個人の身体的危害をだけでなく、地域全体の治安悪化を引き起こしている。合成カンナビノイドは製造コストが低く入手が容易なため、使用者の数が急増しており、経済的に恵まれない背景を持つ若者、ホームレス、マイノリティのロマ・コミュニティなど、社会から疎外されたグループに過剰な悪影響を及ぼしている。

合成カンナビノイド(写真:Courtesy photo, Joint Base Myer-Henderson Hall / Wikimedia Commons[public domain])
世界での薬物の動向
何世紀もの間、自然界に存在する薬物は人類の歴史において何らかの役割を担ってきた。痛みを和らげたり、娯楽に使ったり、あるいは経済的な道具として使ったりと、多くの用途があった。マリファナの栽培は1600年代までさかのぼる。マリファナは繊維構造がしっかりとしているため主にロープ作りに使われていた。薬用としての利用は1850年代から記録されている。同様に、少なくとも800年前からアンデス山脈で収穫されていたコカ植物は、インカ帝国では興奮剤と代替通貨の両方として使われた。
しかし、19世紀から20世紀にかけて、これらの植物の合成が始まった。科学者たちは、医療や軍事目的で効果を高めるために、天然物質に手を加えた。コカインや覚醒剤のような薬物は、世界大戦中に兵士のスタミナを増やし恐怖心を軽減するために使用され、モルヒネは鎮痛剤として軍隊に投与された。第二次世界大戦後も軍による使用は続き、ベトナム戦争中には米軍がアンフェタミンを多用した。こうした動きは、合成物質の普及など現代の薬物使用に繋がっている。娯楽用薬物の使用は、20世紀後半に大きく拡大した。
合成カンナビノイド
合成カンナビノイドとは、天然の大麻の精神作用に似せて人工的に作られた化学物質の総称である。合成カンナビノイド(synthetic cannabinoid)と大麻(cannabis)は、名前は似ているが、この2つの物質にはその作用メカニズム以外に実質的な関連性はない。 合成カンナビノイドは、植物由来のテトラヒドロカンナビノール(THC)と同様に、有効成分がアナンダミド(※2)と呼ばれる脳内の受容体に結合できるという重要な共通点がある。 脳と中枢神経系の間で送受信される信号を減速させることで、いわゆる「ダウナー」ドラッグ(※3)のもつ鎮静効果を生み出す。
合成カンナビノイドは当初、痛み止めの新たな治療薬として製薬会社によって開発されたが、治療上の効能と精神作用や毒性作用を切り離すことは困難で、制御できないことが分かった。しかし、合成カンナビノイドはすぐに組織犯罪グループや麻薬使用者の注目を浴び、管理された研究環境から「合法ドラッグ」と称して闇市場へと移行した。

主な合成カンナビノイドの化学式(写真:chromatos / Shutterstock.com)
合成カンナビノイドは一般的に液体物質であり、天然大麻の外観と摂取方法に似せるために、植物材料に噴霧して使用される。ダミアナ(Turnera diffusa)やマシュマロ(Althaea officinalis)のような乾燥ハーブであることが多いが、これら植物自体は効果とは無関係であり、吸ったり気化したりするため道具としてのみ機能する。
合成カンナビノイドの製造工程は主に3つのステップで構成されている: 最初のステップは薬剤の化学合成である。これは通常、化学前駆体を用いて実験室で行われる。これには、殺虫剤、除草剤、接着剤などにも含まれるような、一般家庭で手に入りやすい化学物質が含まれる。次に、合成した物質を植物原料に塗布する。市販されているアセトンやエタノールなどの溶媒に化合物を溶かし、乾燥させた植物にまんべんなくスプレーする。最後に、アルコールが蒸発した後、処理した植物体を1~5グラム程度の少量ずつ調製していく。
科学的な実験室以外の場所で製造される場合、製造過程に一貫性や適切な製造条件が欠けていることが多く、効能や副作用にむらが生じ、非常に危険である。また、合成カンナビノイドの濃度は非常に不規則であるため、利用者が知らないうちに大量に摂取し、過剰摂取やその他の有害な副作用につながる可能性がある。合成カンナビノイドが天然の大麻や、コカインやヘロインのような中毒性の高い薬物と比べても危険だと言われるのは、こういった性質によるものである。同じ脳内受容体に作用するとはいえ、その作用は通常より強く、長く持続する。過剰摂取は、幻覚やパラノイアなど精神障害だけでなく、不整脈などの心血管障害、腎臓障害や腎不全、呼吸器発作などの生理的障害を倍増させる。
こうした物質は比較的簡単に製造できるため、この種の薬剤の市場には多くの自家製バージョンがあり、それぞれに異なる結果をもたらす。このようなばらつきの大きさは、中毒症状の治療行為を困難にする。救急隊員が特定の毒性作用を確実に予測し、正しい薬を投与することができないからだ。さらに、標準的な薬物検査(ELISA検査(※4)など)では、合成カンナビノイドを検出できないことが多く、診断と治療がさらに遅れることになる。

ポーランド、ワルシャワ市の警察科学捜査研究所化学部門(写真:Fotokon / Shutterstock.com)
ヨーロッパやV4の国々での流通ルート
1991年のソ連崩壊により、ソ連の影響下にあった東欧ブロック諸国は大きな変貌を遂げた。市場が拡大し、渡航制限が緩和された影響で生まれた脆弱性に、組織犯罪グループがつけこんだ。その結果、1990年代にはLSD、アンフェタミン、コカインといった伝統的な麻薬が流入した。しかしここ20年間で、大麻や合成カンナビノイドのような低コストの物質が広まった。2000年代初頭には、東欧・中欧諸国の経済問題が、安価で入手しやすい麻薬への需要を生み出していることがより顕著になった。
合成カンナビノイドは、ヘロインやコカインなど西側諸国で見られる高価な違法薬物の数分の一の価格で購入することができる。2000年代半ばに東欧や中央ヨーロッパで初めて登場すると、多くの健康リスクを伴うにもかかわらず、他の薬物に代わる手頃な選択肢となった。今日、合成カンナビノイドは、欧州薬物・薬物中毒監視センター(EMCDDA)が監視する最大の精神作用物質群である。
こうした麻薬の流通には、地理的な位置も関係している。ヘロインの密輸では、バルカン半島のルートが最もよく使われてきた。伝統的にはアフガニスタン、近年ではミャンマーから始まり、イラン、トルコを経て、バルカン半島経由で中央ヨーロッパに達し、その多くが西ヨーロッパへと流れていく。コカインとマリファナは、コロンビアやボリビアなどの南米諸国から始まり、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギーの港に到達し、そこから道路や鉄道網を通じて、ドイツ、フランス、イギリスに多く流通し消費され、中央ヨーロッパまで流れ着く割合は低い。一方合成カンナビノイドの場合、最も重要なのは通称北ルートである。合成カンナビノイドは中国か、特に2022年以降はカザフスタンで製造され、ロシアやベラルーシ、あるいはジョージアやアゼルバイジャンのようなコーカサス諸国を経て、中央ヨーロッパに到達する。
2010年代初頭の蔓延ピーク時には、毎年30種類もの新しい合成物質のバリエーションが確認されていた。これらのバリエーションはさまざまな異なる化学構造を持つことが確認されたが、薬事法を逃れるためにほんの少しずつ化学構造を変えただけであった。こうして、それらは「合法ドラッグ」として持ち込まれた。V4諸国は2009年から2012年にかけてこれらの物質を禁止したが、オランダとイギリスを拠点とするオンラインショップで購入することは可能だった。転機は2016年、欧州連合(EU)全体で禁止法が導入されたことにある。下の図は、EU早期警戒システムに正式に通知された合成カンナビノイドのバリエーション数(2008~2020年)を示す。薬物流通のピークと2016年の禁止法の効果は明白である。
こうした法的措置にもかかわらず、製造業者は既存の規制を回避するために分子構造を変え続けている。2022年現在、ヨーロッパでは合計237種類の合成物質が検出されている。中国は合成麻薬の製造を全面的に禁止したため、非合法の製造業者は根本的に新しい方法を開発せざるを得なくなった。その結果、製造は北方ルートにシフトし、カザフスタンが東欧・中欧市場向けの主要供給国として台頭してきた。また、V4地域内、特にハンガリーとポーランドでは今も小規模製造が行われていることにも注目したい。
V4での動向
この章では、V4諸国の国内の状況について簡単に見ていく。
まずはハンガリー。2021年のハンガリー国家重要事項の報告でも、推定2〜3万人が合成カンナビノイドを常用しており、常用者は貧困層のコミュニティ、ホームレスや有罪判決を受けた人々に集中していることが示されている。ヨーロッパにおけるコカインなどの薬物の価格は、純度にもよるが、1グラムあたりおよそ30~120米ドルと考えられているが、合成麻薬のタバコ1本は0.25~0.4米ドルという低価格で購入できる。ハンガリーの毒物学者ガーボル・ザッハー氏は、合成カンナビノイドを「貧困ドラッグ」と呼んだ。
スロバキアの動向は、人口動態と流通の両面でハンガリーと類似している。しかし、合成カンナビノイドの使用増加が報告されており、主な使用者として10代の若者と刑務所の収容者が挙げられている。収容者は紙片に合成カンナビノイドの原液を染み込ませて密輸・摂取することで、検出されるのを免れている。
ポーランドは地域で最も悲惨な状況に直面している。同国では合成カンナビノイドに関連した入院患者が急増しており、致死的なケースを含め、数日間で150人以上が中毒になった例もある。ポーランドは2015年に合成麻薬の禁止法を導入したが、この禁止法は合成麻薬取引を地下に追いやっただけで、新たなバリエーションが生まれ続けている状況は変わらないようだ。ポーランドでは組織的な取り締まりが行われているにもかかわらず、需要の高い地域のキオスクやコーナーショップでは、いまだに合成麻薬の取引が続いている。テレグラムやシグナルのような暗号化されたメッセージングアプリが流通に重要な役割を果たしており、これによって供給者は比較的安定した顧客基盤を維持しながら当局の目をかいくぐることができる。
一方、チェコは合成麻薬の使用者は他の国々に比べて比較的少ないようだ。これは、同国の天然大麻に関する政策が寛大で、少量なら所持が認められていることが大きく影響しているだろう。しかし天然大麻とは比べ物にならないほど低価格である合成ドラッグは、主に低所得層からの需要は高いままである。
法規制とリハビリテーションの難しさ
ヨーロッパでは、合成カンナビノイドを禁止することで規制に努めてきたが、新種のカンナビノイドが急速に出現し、その安価な製造コストと高い需要もあいまって、ヨーロッパ、特にV4諸国では、合成カンナビノイドは最も根強い麻薬問題のひとつとなっている。法執行を困難にしている問題のひとつは、この地域の犯罪組織がほぼ分散して組織化されているということである。突発的な捜査で摘発されるリスクに対して、これらの組織は、分け前を約束して個人を雇いつつ、大きな組織の後ろ盾の下で活動できるようにしている。東アジアやイタリア、あるいはアメリカの犯罪組織が家族単位で組織化されているのとは対照的に、東欧や中欧の犯罪組織は基本的に利益志向であるため、組織を守るために組織の下層の小さな一部分が犠牲になることも多い。
筆者が2025年1月25日に行った中央ヨーロッパの法執行機関へのインタビューによると、既存の法律では、合成カンナビノイドはこの地域全体で違法であるものの、個人の使用者や小規模な自己製造者の法的責任は比較的軽くなっている。つまり、法執行機関がより大きな犯罪組織を裁こうとしても、影響力を行使して末端から芋づる式に上位の組織を関与させることが困難である。
またこの法執行機関によると、ほとんどの場合、犯罪組織は、汚職に手を染めた職員や、現在服役中の元メンバーによって、法執行機関や刑務所ともつながっているという。このことは、犯罪組織が違法行為に関する実際の傾向や法律を学び、利用することを手助けしているだけでなく、継続的なメンバー勧誘の機会や新たな薬物市場を提供していることになる。その結果、製造業者と法執行機関との間で「いたちごっこ」が繰り広げられているのだ。

ポーランドの警察(写真:Cezary p / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])
しかし、そのような薬物の使用者にとって、法執行手段は必ずしも有効ではない。ある研究によると、薬物使用を減らすには、法執行措置よりも治療プログラムの方が1.8倍も効果的であった。刑務所への収監は、個人の回復を妨げることが多い上に、問題の、問題の根本的な社会的原因を解決することはない。その結果、再発率を高める一因になる可能性さえあると結論づけられる。しかし中央ヨーロッパでは、依存症治療センターや社会復帰プログラムは存在するものの、その効果もしばしば疑問視されている。2018年の調査では、ハンガリーのホームレスのうち、約25%が違法薬物乱用の生涯有病率を示した。このように困窮した使用者は、薬物を、置かれた状況の現実から逃避するための対処法と考えているのかもしれない。
さらに、合成麻薬はその登場以来、しばしば従来の違法薬物に代わる安全な合法薬物として宣伝されてきた。このことは、使用者に潜在的なリスクについて誤解を与え、治療を受けようとする意欲を妨げ、治療中であっても合成薬物を使用し続けるため、社会復帰のための治療効果を限定的にしている。結局のところ、原料や製造コストが安く、ベースとなる原料が入手しやすいため、合成物質は社会から疎外された低所得者層にとって特に魅力的であり、社会的課題をさらに複雑にしているのである。
まとめ
結論として、V4地域の法執行機関は、合成カンナビノイドとそれに関連する犯罪行為との闘いにおいて歩みを進めているが、未だ大きな課題が残っている。2000年代半ばに合成麻薬が登場して以来、この10年間、V4地域では合成麻薬が重要な問題として浮上してきた。常に進化し続ける物質の性質、目立たない製造と取引、経済的インセンティブ、国境を越えた問題の規模が、依然として大きな障害となっている。合成麻薬は、この地域の低所得層に過剰な影響を与え、彼らを深刻な健康リスクにさらし、不安定な社会状況をさらに悪化させている。
合成麻薬の際限のない拡散に対処するために、地方自治体はどのように法律や医療制度を適応させ、同時に根本的な社会経済的問題に取り組むことができるのだろうか。この問題と効果的に闘うためには、製造者や流通業者に関する規制の強化、使用者に対する社会支援プログラムの強化、国際協力の強化など、多面的なアプローチが必要である。
※1 合成カンナビノイドの別名: スパイス、K2、レッドXドーン、パラダイス、デーモン、ブラックマジック、スパイク、ミスターナイスガイ、ニンジャ、ゾハイ、ドリーム、ジーニー、センス、スモーク、スカンク、セレニティ、ユカタン、ファイヤー、スクービースナックス、クレイジーピエロ(米国麻薬取締局調べ)。
※2 アナンダミドの名前は、サンスクリット語で「喜び、至福、歓喜」を意味するアナンダとアミドに由来する。
※3 多くの主要な薬物は、覚醒作用を持つ「アッパー」(コカインやメタンフェタミンなど)と、鎮静作用を持つ「ダウナー」(ヘロインやマリファナなど)に分類することができる。
※4 酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)は、体液サンプル中の特定の抗体、抗原、タンパク質、ホルモンを検出し、カウントする一般的な検査技術。血液、血漿、尿、唾液(つば)、脳脊髄液(CSF)などが含まれる。
ライター:László Bence Gergely
翻訳:Kyoka Wada
グラフィック:Ayane Ishida, Virgil Hawkins
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