国際報道の充実は何を変える?

by | 2024年06月20日 | News View, 世界, 共生・移動, 報道・言論, 紛争・軍事

世界に関する日本の報道は乏しい。報道の各媒体において全報道に占める国際報道の割合は10%前後にとどまっている。報道機関にもよるが、これはスポーツ報道の半分程度だ。もし国際報道がスポーツ報道と同じレベルの20%前後に増えたら、読者・視聴者の世界への見方はどのように変わるのだろうか。また、ニュースがSNSやアプリを経由して閲覧されることが増えたが、アプリによってはエンタメ関連のニュースが全報道の40%を占めるものもある。もし、エンタメニュースの割合が減り、国際報道の割合が増えたら、読者に何らかの変化は生まれるのだろうか。さらに、国際報道の中でも、地域による偏りが大きく、アフリカや中南米に割り当てられてる報道量はそれぞれ2〜3%程度となっている。それぞれの地域に関する報道が倍増されれば、政府や企業の行動は少しでも変わるのだろうか。

世界の大半が報道の対象になっていない現在、世界に大きな影響を及ぼすにも関わらず、報道から実態が見えていない事象が数多くある。例えば、2023年に武力紛争によって家を追われる避難民が最も多かったのはパレスチナとウクライナではなく、スーダンとコンゴ民主共和国という事実は報道からは知り得ない。もしこの事実について人々が知っていれば、人道支援の分配は変わるのだろうか。また、G7諸国が世界での人道支援よりも62倍も多くの資金を武器に費やしていることを多くの人が知ったら、自国政府や味方政府の政策への見方は変わるのだろうか。あるいは私たちが着る洋服を作った人が得る収入が、購入金額の1%にも満たないことが少なくないと知ったら、私たちの消費行動は変わるのだろうか?

もちろん、国際報道は自国の損得にも響く。この観点についてはこちらの記事を参照していただきたい。今回の記事では、「人間ファースト」の観点から世界を捉え、国際報道が充実すれば、私たちが暮らす世界がどう変わるのかという問いを探りたい。

東ティモールのジャーナリストたち(写真:Defense Visual Information Distribution Service / NARA & DVIDS[Public Domain])

報道と関心・感情

人々が触れる世界に関する情報が増えたり、多様化したりすると、世界に関する知識が増え、理解が深まることは言うまでもない一般論だ。どれほど変わるかは個人差が大きく、そもそもそのような情報に触れようとする関心の存在が大前提となる。そして、国際報道は人々が日常的に触れる世界の情報であるといえよう。そのため国際報道が少なくて、内容に偏りがあるのは、読者・視聴者の関心が低いからだという主張もある。しかし、報道がなければ関心の持ちようもない。世界に目を向けるきっかけがあるかないかは、人々の世界への関心を形成する重要な要素のひとつであろう。たとえそれが人口の一部であったとしても、国際報道を増やし人々の世界への関心を促すことのメリットは大きい。

例えば、多くの研究では、より多く報道された外国は、報道されなかった外国と比較して「重要」だという認識が持たれやすいことが確認されている。また、他国に対する報道がポジティブかネガティブかが、読者・視聴者がその国に対して持つイメージに影響するという傾向もある 。さらに、他国や多文化と触れるとそれらに対す関心が醸成されるだけでなく、尊重や理解が深まり差別意識が減少するともされている。それは直接的な交流がなくても、報道を通じて「触れる」場合も効果があるという。国際報道は人々の世界の捉え方に影響を与えているのだ。

国際報道の影響は一人ひとりが世界の出来事を知り、理解することだけにとどまらない。情報を得た個人が気になった報道やそれに関する見解を口頭やSNSなどで共有すれば、その周りの人々も国際報道に触れる機会を得る人が増えるだろう。従来型の報道で話題になった情報がSNSにおいても話題になっていく現象もあれば、SNSで話題となった情報やSNSでの反響が報道に反映されるという現象もある。この背景にある理由として、ジャーナリストがSNSで話題となる情報をピックアップしたり、発信した報道へのSNS上の反響をみて追加報道をするかどうかの判断材料にすることがわかっている。

関心や理解の醸成の他に、国際報道は遠く離れた人への感情を引き起こすこともできる。報道を通じて災害や武力紛争に被害者に対して生まれる同情はその分かりやすい例だろう。報道で使われる写真や映像は当事者と傍観する側との距離を縮め、その効果を高める。ただし、引き起こされる感情の程度は当事者がどこの誰なのか、どんな状況かなど、傍観する側が当事者と共感・同情できる度合いによって差が大きく、報道者はその感覚に基づいてニュースバリューを判断しているともいえる。さらに、災害や武力紛争の被害者の状況を強調しすぎると「同情疲労」の現象が生じ、関心が薄れるという指摘もある。

エチオピアでジャーナリストの取材を受ける女性(写真:UNICEF Ethiopia / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

報道と個人の行動

国際報道を通じて世界のある問題に対して関心が生まれたり感情移入した個人がその問題に対して自ら行動を起こすことがある。例えば、寄付を通じて災害や武力紛争の被害者を支援しようとする人は多い。このように立ちあがろうとする人々にとっても国際報道は重要な役割を持っている。例えば、困っている人に不要になった自身の服を寄付することは広く考えられている寄付の一形態だが、古着寄付が現地に与える負の影響に関する情報を得れば、現金などのより効果的な寄付の方法を選ぶかもしれない。また、お金やものではなく、時間や労働で支援することができると知ることで、特定の問題の解決に取り組んでいる非政府組織(NGO)にボランティア活動を行う人もいるだろう。世界の現状への理解が深まれば、支援をする方法も問題への関わり方も変わるのだ。

世界の現状や仕組みについて理解を深めた個人は自国や他国の政府、企業の行動に声を上げることもできる。SNS上の発信や電話、メール、手紙など、手段など様々な手段で声を上げた人々の波が大きくなり、問題の重要性が認識されるケースも少なくない。署名運動やデモに参加することで市民から上がってきた声を届けようとする活動もある。例えば、2010年代から中南米の複数の国で中絶の合法化を求める声が多く集まった。しかし、それらの声は自国内にとどまらず、類似の状況に置かれている他国と連携し、複数の国で法律の変化をもたらすほどの力へと発展した。

国際報道は読者・視聴者の生活に影響を与えることもあるだろう。例えば、報道がきっかけとなり消費行動が変わることなどが挙げられる。つまり、特定の商品、会社、産業に起因する世界での問題を知ることで関連商品の購入や使用を控える決断をする人がいる。それは抗議の一環での不買運動として現れる場合もあるが、世界の問題を把握した上での生活スタイルの変容として現れることもある。例えば、肉食産業による環境への負担や動物の扱いの現状を知り、肉の消費を減らしたり取りやめたりする人が近年増えている

また、ある製品と世界の問題の関係性を知ることで、代替となる製品を積極的に購入する人もいる。例えば、世界の貿易において不利な立番に置かれている低所得国の生産者の現状を知ると、公正で公平な取引を目指すフェアトレード運動に賛同し、フェアトレード認証などを貼られた商品を積極的に購入する人がいる。その商品が他の商品より金額が高くても購入する用意がある人も少なくない

知ることを通じた行動変容は、就職活動という場面でも見られる。例えば、2023年以降のイスラエルのガザ地区侵攻を受けて、2021年からイスラエル軍と大型技術協力事業を開始しているアマゾン社とグーグル社への就職を目指さないと誓約に署名している理系学生が多くいる

NGOウィットネスのイベントで演説するピーター・ガブリエル氏(写真:Witness: See it. Film it. Change it. / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

報道を閲覧したきっかけで、状況を改善するために共に行動を起こす仲間を募り、団体を立ち上げる人もいる。例えば、アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)という大型国際NGOの創設者はポルトガルでの政治犯を取り上げたイギリスの新聞記事に動かされ、1961年に団体を設立した。政治犯の釈放を求める抗議の手紙をポルトガル政府に送付するように多くの人に呼びかけ、政府に国際的な圧力をかけるという活動がその起源だ。撮影された証拠動画を用いて人権侵害を暴く活動を支援するウィットネス(Witness)というNGOの創設も報道がきっかけだった。一般の人のビデオカメラに撮影されたアメリカでの人権侵害の映像がテレビニュースで放送されたことをみたミュージシャンのピーター・ガブリエル氏が1992年にこのNGOを立ち上げた

報道と企業の行動

企業は自社の評判を損なう報道には敏感である。特定の企業や産業が抱える問題に報道が集中すると、報道機関などを対象に広報活動に力を入れ、自社のイメージをよく見せたり「洗浄」したりしようとする。

しかし企業の中には表面上の評判を取り繕うだけでなく、実際に行動を起こすものもある。例えば、サウジアラビアは自国への企業参入と投資を呼び込むため、2017年に未来投資イニシアチブ(FII)を設置し、以降、毎年投資会議を開き経済界や政治界のリーダーを招へいしている。しかし、2018年に同国によるトルコの領事館でのジャーナリスト殺害をを受けて、この会議への出席を問う批判的な報道がなされたことで、多くの企業が辞退することとなった。これは、報道やそこから形成される世論が企業への圧力となり、企業の行動が変わった一例である。しかし、サウジアラビアはこの殺人事件以外にも人権侵害や隣国イエメンでの戦争犯罪と捉えられている行為などを行なっているが、これらの問題に対する報道が少なく、この会議への辞退企業が続出したのは報道の注目が集まった2018年のみだった。

2018年のサウジアラビアの事例で見たように、本来であれば報道は権力を監視し、権力による人権侵害や問題となる行動が見られたときにはそれを報じることで権力の暴走を防ぐという役割を担っている。この権力を見張り、問題を指摘する性質から報道を「番犬」と呼ぶこともある。残念なことに、国際報道においてはこのような番犬的な報道が少ない。この問題は国際報道の全体的な少なさにも起因するが、もうひとつ問題となるのは自国の大手企業と密接な関係を作り寄り添う傾向にある報道機関の傾向である。その背景には情報源や広告収入などを通じて大手企業に依存する報道機関の現状などがある。そのため、企業による有害な行動が報道の対象になりにくい。例えば、新型コロナウイルスの流行の際には医薬品メーカーが人命より利益を優先していたことはほとんど注目されていない。また、国外進出をした企業による進出先の国の腐敗、人権侵害、環境問題などへの関与が疑われたり、あるいは明らかになったりしても、報道でほとんど注目されないケースが多くみられている。

カナダに輸出されたペルーのフェアトレード・コーヒー豆南(写真:kris krug / Flickr[CC BY-SA 2.0])

世界が抱える特定の問題の解決そのものをビジネスモデルにする企業もある。例えば、奴隷労働が使われないことを売りにしているチョコレートのメーカーが存在する。この会社を起業した人自身がジャーナリストとして、チョコレート産業における奴隷労働や児童労働の番組制作をしたことがきっかけとなり立ち上げた背景がある。その他にフェアトレードの洋服や食料品などを専門にしている会社もある。

また、世界が抱える問題を改善するために、企業による発明やイノベーションが役立つこともあり 、国際報道がそれらのきっかけになることがある。例えば、世界の貧しい地域で新生児ケアを提供することの難しさを伝えるニュースを見たイギリスの発明家が、持ち運びが簡易な空気を入れて膨らます保育器を開発したというケースがある。国際報道を通じて世界を知ることで、既存の技術を用いて他国での問題解決の可能性を見出すきっかけになることも考えられる。

また、日本の経済界と報道機関における傾向として、エシカル(倫理的)なビジネスを重要視する動きが活発化していることをあげることができる。特に、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や、企業による環境や社会への配慮や企業のガバナンスを投資の判断基準にするESG投資への取り組みをアピールする企業が増えている。また、報道機関がそのような企業の取り組みに注目しつつ、独自のSDGs関連の取り組みも発表している。実質的な変化がどれほど成し遂げられているのかに疑問が残るものの、世界を意識した企業と報道機関が影響しあっているとは言える。

報道と政策

国際報道は様々な方面から国家の対外政策にも影響を与えるとされている。政策の導入を促したり加速させたりすることがあれば、特定の政策や行動を妨げたりすることもある。特定の問題に対して、政府内の優先順位を上げたり下げたりする効果もみられる。

人道支援に焦点を当てるとこの現象がよく見えてくる。世界で数多くの人が災害や武力紛争が原因で命を落とすが、災害や暴力行為そのものよりも、それに起因して引き起こされる人道危機によって、病気や飢えが発生した結果命を落とす人のほうが多い。それを防ぐためには人道支援が重要な役割を果たすが、人道支援の実施や規模は報道量に影響されていることが明らかになっている。つまり、特定の人道問題に対して報道が増えれば、それに割り当てられる人道支援も増えるのだ。

モザンビークでサイクロンの被害を受けた地域での人道支援の様子(写真:US Africa Command / Flickr[CC BY 2.0])

人道危機に焦点を当てた報道を「人道報道」と呼ぶ。人々の命が危険にさらされ、一刻も早く人道支援が送られるべき場所ほど優先的に報じられる必要があるだろう。しかし人道報道は実際のニーズによって決まるのではなく、政府などのエリートが注目する特定の場所に報道が大きく偏る。世界のもっとも深刻な人道危機はほとんど報道の対象にならないのが現状である。人道支援を提供する側も、必ずしも「人道的な」懸念によって動機づけられているとも言えない。その提供の背景には様々な政治的・戦略的思惑が潜んでいる。結果的に、大国や大手メディアが注目する限られた災害や武力紛争に支援が集中する。

報道による人道支援の分配に一定程度の影響が確認されている以上、メディアの紛争報道が1つか2つの紛争に集中し、他の紛争を報道しないことが人命に関わる大きな問題であろう。人道支援が集まっていない大規模な災害や武力紛争に注目することで、メディアは多くの命の救出に貢献する力を持つのだから、報道で取り扱わない理由はない。

また、国際報道は政府や紛争当事者による人権侵害や戦争犯罪に対して、抑止効果を持つ可能性もある。各国政府は他国における自国の評判にある程度敏感であり、評判が損なわれることを防ごうと対策を講じることがしばしばある。残念なことに、これらの対策は実際の行動に実質的な変化を伴わない場合が多く、PRコンサルティング会社に多額な資金を支払い、広報活動を通じて他国での評判の「洗浄」である場合が少なくない。しかし、問題視される行動が他国メディアによって報道されると控えるケースがボスニア、スーダン、シリアなどの武力紛争では実際確認されている。

その他に、国際報道は他国の政策の成功例や失敗例などの教訓から学び、自国での政策を改善するきっかけにもなる。それは政策の作成に直接的に携わる関係者だけに限られたことではない。他国で導入されている政策に触れる機会が社会のさまざまなレベルで増えれば、充実した世論形成、政策への反映の可能性も増えると考えられている。

南スーダンで子どもと一緒に読書する平和維持部隊の兵士(写真:UNMISS / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])

波及効果

このように国際報道が世界の現状に変化をもたらすルートは数多く存在する。さらに、長期的に見ても、国際報道は次世代にとっても重要な役割を持つ。例えば、「ジャーナリズムは歴史の第一稿」という名言があるように、報道で取り上げられる事象が歴史を書き残す際に重要視される。国際報道がより重要視され、より広い世界を捉えることができれば、歴史を通じて世界への理解が深まる。教育においても同じことが言える。教科書に描かれる世界は、国際報道からの影響を受けている。世界への理解を深める教育を受けた学生がまた社会に出て、ジャーナリストになったり、企業やNGOに就職したり、政策に携わったりするようになる。循環が生まれるだろう。

グローバル化が加速することで越境する深刻な課題が多くある現在、国際報道の重要性は明らかに増している。全報道量のうち、国際報道の割合を数パーセント増加したり、その中での地域分配を数パーセント調整するだけでもなんらかの変化がみられるかもしれない。その変化が人命に影響することを考慮すると、国際報道のあり方を考え直すことが急務なのではないだろうか。

 

ライター:Virgil Hawkins

 

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