報道されない世界の貧困問題

by | 2023年04月13日 | News View, 世界, 報道・言論

世界の最重要課題の1つである貧困。国際連合が定めた持続可能な開発目標SDGs)では、2030年までに極度の貧困をなくすことが目標とされているが、むしろ状況が悪化しているのが現状である。特にこの問題に拍車をかけたのは、新型コロナウイルスのパンデミックとそれによる格差の拡大だ。2020年だけで1億人近くが極度の貧困に陥った20233に出された極度の貧困状態にる人の推定人数6.6億人とされている。しかしこの貧困の基準は非常に低く設定されており、実際は世界人口の半分以上は貧困状態あるとされている※1)。 

しかし世界的な貧困問題について、日本の国際報道はほとんど報じていないのが現状だGNVでは、日本の国際報道において、地域や国によって生じる報道量に大きな偏りについて、何度も取り上げてきた。特に、低所得国や低所得者が多い地域に関する報道量が少ないことがわかっている。そこで、ある国の貧困の度合いがその国に関しての報道量を左右する大きな要素なのではないかと考え世界の貧困状態と報道の間にどのような関係があるのかを調査した。今回は貧困以外の側面と報道量との関係も踏まえながら、より詳しく探っていく。

南アフリカ、ヨハネスブルクの街(写真:Steven dosRemedios / Flickr [CC BY-ND 2.0])

これまでのGNVの調査

これまでのGNVの調査によって明らかになっていることを、振り返りたい

まず、複数の調査において、貧困率が高い地域に対する報道が少ないという結果が出ている。2015年、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社を対象に地域別、国別の国際報道の割合を調査した。その結果、地域ごとに報道量は大きく異なっており、極度の貧困状態におかれている人の多いアフリカ諸国中南米諸国に関する報道量が全国際報道のうちそれぞれ23%程度であることがわかった。以降、毎年同じ調査を行っているが、2022年の時点でもその割合は増えていない。さらに2017年には、地域ごとに、貧困者数や貧困率と報道量の比較も行った。すると貧困状況が深刻な地域の報道割合が低く、高所得国が多い地域の報道割合が高いことが分かった。また、国際報道のうち、当時国連によって「後発開発途上国」と定められていた48ヵ国に関する記事の割合を調査したところ、3社の平均は5%と非常に少なかった。

このような傾向は新聞だけに限ったものではない。テレビ番組オンラインニューススマートニュースLINE NEWSなどのニュースアプリなどでも同様の偏りが見られた。どのような媒体でも貧困率が高い地域の報道割合が非常に低くなっている。やはり貧困が報道量に大きく関係しているのだろうか。

取材するカメラマンと記者(写真:International Monetary Fund / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

他の要因が報道量を左右している可能性についても検討した。国の「大きさ」と報道についての調査では、人口の多さや国内総生産(GDP)などの面で「大国」であるかどうかは、必ずしも報道量に直結しないことがわかった。例えば、2015年時点で、インドの人口や実質GDPは全てロシアを上回っていたが、報道量を比較するとロシアの方が多いという結果が出た。人口がもっとも多い10か国に限定した分析ではあったが、その国の人口・経済的規模や日本との貿易量、物理的な距離からも、報道量との相関関係を断定することはできなかった。2017年の大手新聞3紙の記事を対象とした調査では、GDPに大きな差が無いイギリスやフランスなどのヨーロッパの国々とインドを比較すると後者の報道量が前者の半数以下であるという報道量の大きな差が見られた。このように、インド、インドネシア、ブラジル、パキスタン、ナイジェリアのように人口が多い国、さらにインドやブラジルのようにGDPが比較的に高い国でも、貧困率からか、あまり報道されていないという状況は少なくない。

貿易など日本との関係が密接であることも、必ずしも報道量につながるとは限らない。例えば、東南アジア11ヶ国は日本との貿易量人の移動多く物理的にも距離が近いが、2019年の読売新聞における報道量は国際報道全体4.0%と極めて少なかった。また、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAEについても、2019年時点で日本が輸入している原油のうち65.1%この2依存しているにもかかわらず、報道量は比較的少ないことがわかった。大手新聞3紙の2019年国際報道の文字数で見ると、サウジアラビアは約0.3%UAEは約0.03%であった。

アメリカ、フロリダ州の港にとまる大きなコンテナ船(写真:JAXPORT / Flickr [CC BY-NC 2.0])

また2020年に新型コロナウイルスがきっかけとなり、貧困状態におかれているの数は想像を絶するレベルで跳ね上がっているが、これに対する報道極めて少ない。2020年だけで9,700万人もの人が極度の貧困状態に陥った一方で、約4兆米ドルが10億米ドル以上の資産を保有する億万長者に渡ったという事実が明らかになっている。このような世界の格差の急増が問題となっているにもかかわらず、2020年から2021年にかけての朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社を見てもこのような格差について報道はほとんどされていなかった。さらに、同期間の毎日新聞では、「億万長者」、「富豪」、「超富裕層」という言葉が使われている記事が、「極度の貧困」という言葉が使われている記事の30倍以上であった。

貧困問題が最大のテーマのひとつとなっているSDGsの報道について行った調査においても、貧困に関するニュースが少ないことが明らかになっている。2021年の朝日新聞において、SDGsの具体的な目標について取り上げられている記事のうち、目標1「貧困をなくそう」を含む記事はわずか5%であった。これはその他16の目標と比べても非常に少なく、全17の目標のうち12位である。さらにSDGsに関するあらゆる記事の中で、「極度の貧困」という肝心な単語が使われている記事は0件であった。

貧困と報道量の関係

以上のように、低所得国や貧困状態にある人が多い地域に対する報道が少ないことは明らかしかし、これまでのGNVの調査では貧困と報道の関係について断定できない部分が残っている。貧困以外の要素が報道量に影響を与えている本当の要因で、それがたまたま貧困率と重なっているために、貧困率が高い国の報道量が少なく見えるだけだという可能性も否定できない。例えば、一見貧困率が報道量を左右しているように見えていても、実際は距離がポイントで、日本から遠い国が偶然高い貧困率になっているのかもしれない。あるいは、全世界を見渡した時に、日本との貿易量が少ない国の報道量が少なくたまたまそれらの国の貧困率い場合には貧困ではなく貿易量こそが報道量の決め手となっているという可能性もある。そこで今回は、国ごと貧困率と報道量の関係に加えて、他の考えられる要素について調査し、「貧困率が高い国は報道量が少ない」ということが明確に言えるのかどうかを確かめる。

今回は貧困率の他に、人口、GDP、日本との貿易量、東京から各首都までの距離データを加えて、報道量との関連性に関する統計分析を行った。新型コロナウイルス蔓延後は各国の感染者数等に関する記事が急激に増え、特殊な結果が出る可能性が高いため、分析の対象とする新聞記事はそれ以前のものに限定した。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社の2019年の国際報道を対象に記事の関連国を調査し、国ごとに記事の文字数を合計することで報道量を算出した(※2)。報道量の要因を探るための要素については、2018年のデータを中心に分析を行う(※3)。

貧困率については、各国で一定の水準より少ないお金で生活している人の割合で数値化されており、今回は11.9米ドルのラインと7.5米ドルのラインの2つの基準を設けた。11.9米ドルというのは2019の時点で世界銀行が定めていた極度の貧困ラインであり、SDGsにおいても基準として使われてい。一方で、人が生活していくことを考慮するとこの基準は現実的ではないとして、その代わりに「エシカル(倫理的)な貧困ライン」を提案する研究者もいる。これは、寿命と所得の関係から生き延びることが保障される最低ラインのことであり、2019年当時は17.4米ドルとされていた。GNVではこのエシカルな貧困ラインを採用しているため、今回の調査でも取り入れる。ただし、今回は入手できるデータの関係で、近い値である17.5米ドルを基準の1つとして設定した(※4)。

統計分析の結果、やはり貧困と報道量の間に関係があるということがわかった。さらに今回分析の対象としたいくつかの要素の中で、貧困率、首都の距離、人口の3報道量に影響を与えていた。これは、1.9米ドルと7.5米ドルどちらの基準においても同様であった(※5)。貧困率については、距離及び人口の影響を考慮したうえでも、報道量を左右していることも明らかになった。一方で、日本との貿易量とGDPについては統計的に有意な関係は認められなかった(※6)。

なぜ偏りが生じているのか

では、なぜ貧困率が高い国に関する報道が少ないのだろうか。ここでは、影響力、取材網、エリートであるかどうか、報道関係者や読者の視点といった、4つの観点から掘り下げていく。

初めに、影響力という観点だ。低所得国は、世界レベルで物事を動かすほどの影響力を持たないとみなされることが考えられる。一方で経済力や軍事力を持つ高所得国は、世界全体に関係するほどの大きな出来事を起こすことが多く、影響力を持つ国とみなされる。後者はその分報道される機会も多くなり、結果的に先に述べたような報道量の偏りが生じると推測できる。毎日世界中で起きている無数の出来事から、一部を選択して報道する中で、影響力の大きいとされる国での出来事を優先的に取り上げることになってしまうのかもしれない。

しかしここで、本当に影響力に基づいた報道がなされているとは言いきれないことに注意したい。今回の分析において、GDPや日本との貿易量と報道量の間には相関関係が見られなかった。つまり、経済的に大きな力を持つ国や日本との貿易量が多い国は、日本に対して影響力が高いとも考えられるが、実際にはそのような要素が報道を左右しているという結果にはならなかった。

他の要因としては、普段から低所得国に対する取材網が薄いということが考えられる。日本の報道機関がどの国・地域を重要視しているのかは、支局の配置から読み取ることができる。低所得国が集まる地域には支局が非常に少ないことがわかっている。十分な数の支局が設置されておらず、特派員がいなければ、その地域に関しては余計に報道がしづらくなり悪循環が生じるのである。

アフリカ連合サミットで記者会見に臨むジャーナリストたち(写真:Paul Kagame / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

また、国としての影響力だけではなく、「エリート」であるかどうかも関係していると考えられる。日本の国際報道には、エリートが関係する出来事を多く取り上げる傾向がみられる。ここで言うエリートとは経済的、政治的、文化的に大きな影響力を持つもののことで、一部の国家や国会議員、官僚、報道機関等が含まれる。GNVの調査では、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の2015年から2020年の国際報道のうち57%もの記事において、エリートが主体とされていたことがわかった。日本の報道関係者自身も比較的エリートである場合が多く、彼らが想定する読者も似た立場のエリートである可能性がある。エリートである記者は、同じくエリートの読者と近い観点から物事を捉え、彼らが関心を持ちやすい出来事を中心に取り上げている可能性がある。

さらに、貧困の問題に着目することが、報道関係者や読者、視聴者にとって気分の良いものではないという面もあるのかもしれない。世界の貧困状態を助長しているのは、日本のような高所得国が中心となっている、アンフェアトレードなどの貿易・経済システムである。自分たちがどちらかと言えば搾取をする側にあるという感覚から、積極的な報道を好まない可能性もある。また、実際に貧困問題に対する責任がなくても、改善がなかなかされない貧困の状況に着目し続けると読者が無力感を感じてしまうことから、あまり報道をしないということもあるかもしれない。いずれにしても、このような報道関係者や読者、視聴者の感覚が報道傾向に影響を及ぼしている可能性も否定できない。

このように、日本の報道における貧困と報道の関係には様々な要因が考えられる。

世界を理解するために

今回の調査で、日本の国際報道において「貧困率が高い国は報道量が少ない」という現状が明確になった。このような報道傾向によって起こる弊害は決して小さなものではない。低所得国や低所得者は世界の多数を占める。世界の現状を理解するためには、そのような低所得者、低所得国を含め、ある程度バランスの取れた広い視野が必要なのではないだろうか。

さらに、貧困問題については高所得者にも責任があるため高所得国の日本のメディアはその点を踏まえた報道をしていく責務があるだろうまた、貧困問題は低所得国内に留まらず、やがて高所得者にも影響を及ぼし得る。貧困問題の解決に向けては、まずは貧困率が高い国々の状況について知る必要がある。

上空から見たケニア、ナイロビ(キベラを中心に)(写真:Schreibkraft/ Wikimedia[CC BY-SA 3.0])

また、SDGsについて、近年日本のメディア取り上げる場面が増えており、今やとても身近な存在として政府や企業なども大きく注目している。達成に向けた動きと称し様々な取り組みが行われている一方で、初めに述べたように、達成が遠のいているのが現状である。このような世界の現状が報道されなければ、我々は社会の風潮と現状のギャップにも気が付くことができない。貧困の撲滅や格差の解消などの実現のために設定されたSDGsの達成のためにも、低所得国、低所得者層の現状を忠実に伝える報道が必要だと考える。

 

※1 20229月に世界銀行が極度の貧困ラインを11.9米ドルで暮らす状態から2.15米ドルに引き上げた。しかしこの貧困ラインは実際の貧困状態を捉えておらず、現実をより捉えているとされるエシカル貧困ラインは17.4米ドルに設定すべきだという見解がある。なお、世界銀行は16.85米ドルのラインでも貧困率を計っており、2023の時点で、世界人口の約45%はそのライン以下で暮らしていると推定されている。

※2 2019年1月1日から2019年12月31日の期間で発行された、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の東京朝刊を調査対象とした。GNVにおいて国際報道と定義される記事の関連国を調査し、国ごとに文字数の合計を集計した。なお、関連国が複数あるとされる記事については、その関連国数で文字数を割った。

※3 今回の調査では、重回帰分析を行った。重回帰分析とは、ある結果について複数の要因がどのように影響を及ぼしているか、分析し予測する手法だ。ここで、報道においては、前年に少しずつ起こっていた現象がしばらくして明らかになり、そこで初めて報道されるということがある。そのため、それぞれの要素のデータは毎年大きく変化があるわけではないが、報道量とそれ以外のデータで1年のずれを設けた。そのため、人口GDP日本との貿易量(輸出額と輸入額の合計)については2018年のデータを対象としている。ただし貧困率については、国によって計測された年のばらつきが大きいため、手に入る2019年以前のデータの中で最も新しいものを使用した。

※4 世界銀行のデータから調べることができる貧困率の基準は、17.0米ドルのものと7.5米ドルのもののみであった。そのため、よりエシカルな貧困ラインの17.4米ドルに近い、7.5米ドルを採用した。

※5 貧困率、首都同士の距離、人口と報道量の関係にはそれぞれ有意性が認められた。ただし、貧困率に関するデータが限られていること、貧困そのものも様々な要素が複雑に絡み合っていることから、貧困が報道を左右している最大のポイントとは必ずしも断言することはできない。しかし、少なくとも今回のレベルの分析においては、貧困率が高い国は報道量が少ないと言えるという事はわかった。

6 回帰分析の結果は以下の通りである。

 

(1)

(2)

 

報道量

報道量

 

 

 

貧困率(7.5米ドル)

-1.680**

 

 

(0.688)

 

人口

0.729***

0.469***

 

(0.185)

(0.120)

貿易量

0.152

0.135

 

(0.0927)

(0.0969)

GDP

-0.0556

0.221

 

(0.213)

(0.150)

距離

-1.250***

-1.161***

 

 

 

 

(0.244)

(0.249)

貧困率(1.9米ドル)

 

-1.916*

 

 

(1.000)

定数項

8.068**

4.272

 

(3.196)

(2.757)

 

 

 

観測数

134

133

R2

0.614

0.610

括弧内はロバスト標準誤差

*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

Pは統計結果の有意性を判定する基準の1つであり、一概には言えないため注意が必要であるが、値が小さいほど関係性があると考えられる。

 

ライター:Aoi Yagi

データ分析:Dilou Prospere

グラフィック:Mayuko Hanafusa, Koki Ueda

 

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