カタールW杯の期待に隠れた現実

by | 2022年10月27日 | News View, 中東・北アフリカ, 報道・言論, 政治, 法・人権, 環境

2022年1120日、カタールでFIFAワールドカップ(以下、W杯と表示)が幕を開ける(※1)。W杯は4年に1度のサッカーの世界選手権大会である。今回の開催国となるカタールはアラビア湾に突き出た半島に位置する小さな国で、今大会でW杯の中東での開催は史上初となる。開幕に向けて注目が集まっており、日本でも盛り上がりを見せている。

しかし大会への期待が高まる一方で、その裏には多くの問題が潜んでいる。汚職問題や労働環境についての問題、環境への影響、外交問題など様々である。これらの問題の実態や、日本国内でこのような問題についてどのくらい報道がなされてきたかを探っていく。

カタールを応援する人々(写真:Doha Stadium Plus Qatar / Flickr [CC BY 2.0]

開催地の決定

今回のW杯についてまず問題となったのは、開催地決定に関する不正疑惑である。開催地は、201012月にFIFAの執行委員会での投票によって決められた。他の候補地であったアメリカ、オーストラリア、韓国、日本を抑えカタールが選ばれた。カタールがこれまでW杯に出場していないことや、後に変更されたが猛暑のために従来の開催時期では大会の実施が難しいこと、当時スタジアムなど大会に活用できる設備がほとんどなかったことから、疑問の声もあった。

20115月、FIFAの幹部に対してカタール政府から賄賂が支払われていたのではないかという不正疑惑が浮上し、FIFA内で調査が行われた。最終的に招致に関する不正の決定的な証拠は見つからなかったが、極めて疑わしい事実がいくつか明らかになった。そのうちの1つが、投票後の2011年、開催地決定の投票に参加したFIFA関係者の子どもの口座に200万米ドルもの額が入金されていたことである。支払いを行ったと思われるサンドロ・ロセイ氏はバルセロナ・フットボールクラブの会長であったが、開催地がカタールに決定した後、クラブはカタール政府が出資するカタール財団と新たに契約を結んでいる。またそれとは別に、ビジネス上カタールとつながりを持つフランスの二コラ・サルコジ元大統領は、投票の1カ月前に、開催地決定に影響力を持つ欧州サッカー連盟会長であったミシェル・プラティニ氏を食事会に招いていたという。このようにW杯の開催地がカタールになることで得をする立場にある人たちが、金銭のやり取りや食事会を通してなんらかの影響を及ぼしていた可能性が高い。

ルサイル・アイコニック・スタジアム(写真:Palácio do Planalto / Flickr [CC BY 2.0])

その後も、2018年と2022年のW杯開催地決定の投票に関わった22人のうち16もの人が、汚職等の疑いを理由として調査されたり告発されたりしている。

開催準備をする労働者

次にW杯で使用するスタジアムなどの建設現場での劣悪な労働環境について探る。カタールは人口が280万人で、その大部分が外国人労働者で構成されている。具体的には200万人以上の外国人労働者が働いており、国全体の労働者の約95%を占める。その実態についてはGNVでも「人口の過半数が移民:湾岸諸国の実態とは?」という記事のなかで取り上げている。今回のW杯に向けた8つのスタジアムやホテルなどの施設建設のためにも、インド、ネパール、バングラディシュ、パキスタンをはじめとする国外から来た何万人もの外国人労働者が働いているのが現状だ。正式な人数はわかっていないが、スタジアムの建設に携わっている人だけでも約3万人にのぼるという。

そのようななかで、W杯開催に向けて働く外国人労働者が虐待と言えるような状況に置かれていることが明らかになり、大きな問題となっている。猛暑のなかで多くの人が低賃金で長時間労働を強いられている。ミスをした際に罰金を取られたり、食料と水を制限されたりする場合もあるようだ。

また、過労などで死亡している外国人労働者が多いという指摘がある。イギリスのガーディアン紙の調査では、2010年から2020年までにカタールで少なくとも6,500の外国人労働者が死亡しているとされた。この数字は一部の国のデータが含まれていないため、実際にはもっと多くの命が失われていることになるという。しかし、すべてが過酷な労働環境を原因としているとは限らないし、このうちどれくらいの人がW杯に関わる仕事をしていたか正確な数字は明らかになっていない。W杯主催者によれば、2014年から2021年の間にスタジアム建設の現場で亡くなった人は40人で、「業務に関連する」ものはそのうち3人のみであったという(※2)。ただし国際労働機関ILO)は、このデータは熱射病の一般的な症例である心臓発作や呼吸不全による死を業務上の死亡とカウントしていないため、過小評価であると主張している。

改装中のハリーファ国際スタジアム(写真:jbdodane / Flickr [CC BY-NC 2.0])

外国人労働者はなぜこのような過酷な状況から抜け出すことができないのだろうか。1つの大きな要因となっているのが、中東地域で幅広くみられる「カファーラ制度」である。「カファーラ制度」とは外国人労働者を雇用主に法的に拘束するというスポンサーシップに基づく雇用制度である。この制度の下では、時にパスポートが取り上げられるなど、労働者は雇用主の許可無しに転職や出国ができなくなる。そのため、労働者への虐待を助長していると長い間問題となっていた。2020年には改革によって労働者は事実上雇用主の許可を得ることなく転職できるようになり、カタールでは「カファーラ制度」はほぼ廃止されることとなった。しかし、実際には現在も労働者への虐待が根強く残っているとされている。

さらに、カタール政府が賃金の未払いについて抗議した外国人労働者を国外退去させたことも問題となった。20228月、60人以上の労働者が建設会社の事務所前に集結した。中には7カ月間賃金が支払われていないという人もいたが、この抗議は治安維持法に違反するということで拘束されたり強制送還されたりする人も見られた。不当な扱いを受けた外国人労働者に対し、今後適切な対応は取られるのだろうか。

カーボンニュートラルの実現?

続いて、環境についての問題である。カタール側は今回のW杯について、史上初のカーボンニュートラルな大会にすると述べていたカーボンニュートラルとは、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を等しくして、実質的に差し引きゼロとなっている状況を指す。そのためにカタールでは、競技場周辺の照明や冷却システムを太陽光電池で動かす、スタジアム建設にリサイクル素材を使う、施設周辺に大きな公園を新設して水を再利用できるような灌漑システムを使用するなどの取り組みがなされている。また自動車の使用を減らすために、バスや地下鉄など公共交通機関の整備を進めたり電気バスを使用したりと環境へ配慮したシステムづくりが行われている。2020年の報告書では、二酸化炭素の吸収のために16,000もの樹木と120万平方メートルもの芝が植えられたことや、建設されたスタジアムはFIFAが要求する認証レベルをはるかに超えていることなどが発表されている。

一見すると順調かのように思えるが、現時点で今回の大会はカーボンニュートラルには程遠いとして批判の声が上がっている。非営利団体カーボン・マーケット・ウォッチ報告書によれば、カタールが分析した二酸化炭素等の予想排出量は過少に報告されている可能性があるという。この報告書では、特に新しいスタジアムの建設によって排出される炭素排出量は、カタールの報告の8倍にも及ぶと予想された。

カタール航空の飛行機(写真:Luc Verkuringen / Flickr [CC BY-ND 2.0]

また20225月に、世界各国から試合を見に来る人々のために、カタール航空などの航空会社が毎日160便以上の臨時運行をすると発表した。飛行機が環境へかける負担は決して小さくないため、当初のカーボンニュートラルに向けた計画が崩れてしまうのではと懸念されている。

さらに、カタールは普段から国全体として二酸化炭素の排出量が非常に多いことで知られており、2020年のデータでは、1人当たりの二酸化炭素排出量は約37トンで世界1である。また、「アース・オーバーシュート・デー」という指標がある。この指標は、国際的な研究機関であるグローバル・フットプリント・ネットワークが、「その年に地球の生態系が再生できる資源の量」を「人間の需要」が超えたと思われる日を計算し示したものだ。つまりアース・オーバーシュート・デーとは、その年に使える資源を人間が使い切ったとされる日のことである。これは国別にも計算されており、世界中の人々がその国の人々と同じように生活した場合、アース・オーバーシュート・デーが何日になるかを示す。すでに発表されている2022年の分析では、世界全体では728日であったのに対し、カタールの日付は世界で最も早く210であった。W杯の準備や運営においてカーボンニュートラルが目指されるのは大切なことだが、それだけではなく普段からカタールが環境に及ぼしている影響についても注意を払わなければならない。

外交問題とW杯

最後にカタール周辺地域の情勢について取り上げる。2017年にサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトの4か国が、カタールがテロを支援していたと非難しカタールとの断交を宣言する事態が発生した。カタールがサウジアラビアと対立するイランと友好関係にあること、ムスリム同胞団(3)に支援をしていたことが理由とされている。テロの支援についてカタールは否定している。断交の一環で、唯一の陸上国境であるサウジアラビアとの国境は閉鎖され、航空機も空域への侵入を許されず、カタール国旗を掲げる船舶やカタールに物を運ぶ船舶は多くの港に停泊することができなくなった。このように貿易を大きく制限されたカタールは、イランやトルコとの貿易ルートを強化せざるを得なくなった。解除の条件として、イランとの外交関係の縮小、カタール内のトルコ軍基地の閉鎖、カタールの主要な報道機関であるアルジャジーラの閉鎖などが求められたが、カタールは応じなかった。 

その後、クウェートやアメリカの仲介もあり、20211月の湾岸協力会議首脳会議において「ウラー宣言」が発表され、断交は終結した。一時はW杯の開催も危ぶまれる状況であり、UAEの安全保障当局担当者が、カタールがW杯の開催をあきらめればカタール危機は終結すると述べるという出来事もあった。FIFA のジャンニ・インファンティーノ会長はカタール危機が大会の開催を脅かすとは考えていないとしたが、UAEが出場するW杯予選の審判を当初予定していたカタール人から変更するなど一時対策を取った。

日本での報道

ここまでW杯の背景にある様々な問題を確認してきた。華やかなムードの裏では多くの人や組織を巻き込んで数々の議論が巻き起こっている。では、日本においてこのような状況は十分に報道されているのだろうか。新聞記事の数を集計し分析を行った。

まずW杯開催に向けて盛り上がりを見せている直近の1年間にどのような記事が書かれているかについて確認する。具体的には、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社で、20211021日から開催1カ月前である20221020日までの1年間に掲載された、W杯カタール大会を中心に取り上げている記事の数と内容を分析した(4)。

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3社ともに、報道内容の7割前後はW杯予選の試合結果や日本代表の状況などスポーツ関連のものが占めていた。続いてチームの違反行為等の事件について、新型コロナウイルスの蔓延に伴う隔離期間や観客数について、日本での試合放送権について、ウクライナ侵攻によるロシアの対応についての記事が数記事ずつ見られた。

一方で、先に述べたような社会、環境、政治的な問題について詳しく取り上げているものはほとんど見られなかった。W杯の外国人労働者に関する問題をメインとして詳しく取り上げた記事が毎日新聞で1、読売新聞で1、朝日新聞では0件であった。また、カーボンニュートラルの実現性などについて中心に取り上げた記事はどの新聞社でも見られず、W杯の運営やスタジアム建設等の話題のなかで、気候やカタール側の工夫について触れられている程度であった。

また、この3紙から朝日新聞をピックアップし、さらに2022年大会の開催地決定に向けた動きが見え出したころまでさかのぼり、20081021日から20221020日までの14年間についても分析をした(5)。ここまでで述べたようにW杯の招致が始まってからの14年の間に徐々に明るみに出た問題も多く、そのような問題が当時どのように報道されていたかを確認するためである。

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W杯をメインに取り上げている全236記事のうち、スポーツ関連の記事は42.4%であった。1つ目の調査に比べてスポーツ関連の記事が少ないのは、W杯の予選が始まったのが2019年であり、それ以前はW杯カタール大会に関係する試合などが無かったためである。その代わり開催地の決定や開催の時期についてなど、大会運営に関する内容が28記事で15.3%を占めていた。日本も2022年大会の候補地として参加していたことから、特に招致や開催地決定に関する出来事は日本の動きを中心に取り上げられ、全体の15.3%であった。W杯カタール大会に関するFIFA内部の汚職についての記事が7.2%を占めたのも、日本が開催地候補であったことが理由のひとつだと考えられる。W杯が内容の主軸でなかったためにカウントしなかった記事の中にも、FIFA汚職に関するものは比較的多く確認できた。

その一方で先ほどと同様、カタールの外国人労働者についての問題やカーボンニュートラルなど、日本への直接の影響が薄いと考えられたとも言える社会・環境問題を詳細に取り上げた記事は、今回確認できたなかでは非常に限られていた。例えば、環境問題については、スタジアムの空調システムなど大会運営に伴うカタールの取り組みについて部分的に触れた記事はあったものの、カーボンニュートラルが守られているかなどの議論についての記事はなかった。また、社会問題については、2016年にFIFAの労働環境監視機関の設立に向けた動きについて、2017年にはカタール危機に関するFIFAのコメントについての記事が確認できたが、14年間でわずか2件という結果であった。

社会問題も見える報道へ

W杯は毎回日本でも大きく取り上げられ、4年に1度の大イベントとして人々の熱狂や感動を呼ぶ。しかし巨大な支出・収入を伴う国際的な大イベントである分、ここまで見てきたような様々な問題を引き起こしてしまっているのも事実である。

しかし、日本の新聞ではこれらの問題についてほとんど報道がなされていない。大きなスポーツの大会をスポーツの観点から多く取り上げるのは決して悪いことではないが、その大会が多くの人の命や人権に影響を与えている以上、これらの深刻な問題にも目を向けてほしい。

 

1 FIFA(フランス語でFédération Internationale de Football Association)は国際サッカー連盟のことであり、本部はスイスのチューリッヒにある。世界各国から221の協会が加盟している。最高機関としてのFIFA総会をはじめ、全体を監督するFIFA評議会や事務局、9つの常任委員会が置かれている。

2 労働者の福祉と権利という組織が2015201720182019420191220202021に出した「労働者福祉進捗報告書」に基づいている。労働者の福祉と権利は、W杯の計画を監督するデリバリー&レガシー最高委員会によって設立された。

3 ムスリム同胞団は、中東・北アフリカ地域の国々で、シャーリア法に則ったイデオロギー運動をする組織である。政治活動だけでなく、社会福祉活動も行っている。サウジアラビアやUAEはムスリム同胞団を自国の政治を脅かすものと捉えていたが、カタールは自国の影響力を上げるために肯定的であったとされている。

4 「朝日新聞クロスサーチ」「毎日新聞 マイ索」「読売新聞 ヨミダス歴史館」を使用。見出しや本文に、「カタール」に加え「W杯」か「ワールドカップ」が含まれている記事を検索し、W杯カタール大会が中心となっている記事を抽出し分析した。

5 「朝日新聞クロスサーチ」を使用。※4と同様の判断基準で計算。

 

ライター:Aoi Yagi

グラフィック:Takumi Kuriyama

 

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1 Comment

  1. 和哉

    諸々の問題点の中のカーボンニュートラルに関しては世界の大きな歪みそのものすぎて溜息しか出ない。
    気温や水位は人類が産業革命をする以前からじわじわと上がってきていたし、そうしたエビデンスのあるデータや太陽活動などのメインの影響を全て無視した都合が良すぎるにも程があるデータだけを参照して二酸化炭素を減らせと声高に叫び続ける国際組織や諸外国の多くの政治家には呆れ果てる。こんな事をし続けていたら後世の人達に「あの時代の人間達はこんな異常な行動に違和感を覚えなかったのだろうか?メディアは自らの役割を放棄して一部の人間達の利益の為の道具となって恥ずかしくなかったのだろうか?」と嘲笑される事になる。

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  1. 2022年潜んだ世界の10大ニュース - GNV - […] また2022年は、政治面・文化面・スポーツ面でも集中的に報道された出来事があった。政治面では、アメリカの中間選挙や韓国の大統領選挙が大々的に取り上げられた。文化面では、1人の人間であるイギリスのエリザベス女王の逝去に関連するニュースが目立った。スポーツ面では、2月の北京オリンピック、11月からサッカーワールドカップも話題に上がった。 […]

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